ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2019年05月13日

欠陥品の話

昨年の今頃に。
現職への鬱憤を何か吐き出していただろうかと。

思い浮かべてみると。
何となく、思い出したことがありまして。

それを書こうかなと。
記憶整理の、一環で。

まず。
システムだけがホワイトだと、思ったような。

帰ろうと思えば定時で帰ることができますが。
人間関係が拗れ易いと、思ったのでした。

融通の利かない人達だと思いましたし。
人の言うことを理解できない人だなぁと。

いい意味でも悪い意味でも。
言うことよりもやることのほうを証拠と認識する人だなぁと。

じゃあ、今はと言いますと。
職場環境は改善傾向にあり、システムだけがホワイト……と言うのは言い過ぎかぁ、くらいになったなぁと。

ただ、構うことはやめられないと言うことを鑑みるに。
神経を逆撫でしている自覚はないのだなぁと思うのでした──言ったら終わり案件なので、彼らには言いませんけども←

と言うよりも。
その職場を選んでいる僕の責任でしょう、これらは。

ちょいと、現実逃避をしたかったので。
書いただけなのです。

そもそも。
社会に出た目的が『社会に殺されるため』と言う人が『もっと上手く殺してくれ』と言うのもおかしなモノですから。

……え、なのでちょっと困ってますよ。
社会は思った以上に甘ったるくて、ここではなかなか死ねないって分かりましたから。

そんな、片務的なモノをアテにするのも変ですし。
社会に出た目的を──その方向性を──修正しなくては、ですし。

なので。
自我同一性が拡散する前に。

自分の立ち位置を、再確認して。
方向性を定めないとなと、思うのでした。

……野垂死には、すべてやり尽くしてからで。
いいですから。
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2019年05月12日

馴れないようする話

自らの領分に囚われない生き方をしたいと。
常日頃から、思っておりまして。

畑違いな話にも。
よく、耳を傾けたりします。

普段なら耳にしないことを。
聴いていると、いい刺激になりますから。

普段から、自分の領分に沿ったモノばかりだと。
いい意味でも悪い意味でも慣れてしまいますから。

そうならないためにも。
脱馴化するためにも、と。

敢えて、別のモノを挟むのです。
すると、いいアクセントになってくれます。

……ハンバーガーの、ピクルスみたいに。
お寿司のガリ?……肉まんの、タケノコ?←

なんて。
美味しいモノだけを食べていると、満足し易くなってしまいますし。

永続して楽しむことも。
料理には必要と言いますか……なんて、例え話の筈なのにすり替える様に書いてみる←

すみません、書きながら。
別のことを考えてしまうモノですから……あー、閑話休題。

普段しないことを敢えてしてみる、と言うのも。
いいことなのかも、ですね。

僕の場合は……んー
…………………………ナンパ?

絶対したくないわ。
僕はどちらかと言われると襲わ……なんでもないです。

ただ、そうですね。
それに準じた、スリリングなことであれば。

やってもいいかも、ですね。
もちろん、違法ではない範囲内でです←

……んー
ゴールデンウィーク中に映画観たら、面白かったですね。

のちのち、映画を観に行くかしてみますか。
もしくは、自室で観ますかね。

気になる映画が、ありますし。
どんでん返しの来る映画、恐らくかなり好きですから。

僕の好む小説も。
専ら、そう言ったモノばかりですし──ただ、小説は普段から読んでいるので。

脱馴化するならば。
映画かぁ、と。

………………検討するとしますか。
睡魔で意識が飛びかけました……危ないあぶない。

ブログ更新にも、脱馴化が必要でしょうか。
それは……んー………………休筆?

嫌ですね。
優先順位の問題があって小説を書かなくしたら、再開したときに全く書けなくなっていたときの絶望感が半端なかったので()

……そうなると。
えぇ、もう決まっていますね。

惰眠を貪るとしましょう。
さぁ、夢の世界へレッツゴーです()
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2019年05月11日

不信の話

人の記憶力を過信しないようにしています。
……と、言いたいところですが。

実際には、全く信じていません。
でもそれは──相手が全く記憶していない、と信じているのではなく。

相手が言う『忘れた』とか。
『覚えていない』と言うのを、信じていないと言うことです。

本当に、思い出せないから言うのかもしれませんが。
単に思い出せないことなんて、何かの拍子に思い出すモノですから。

別の話題にて。
例えば──僕が離席しているときに、『忘れた』はずの話が繰り広げられても。

あぁ、思い出したんだなと。
僕のいるときに覚えていると言うことは不適だと看做したんだなと、思うようにしているのです。

僕自身、指摘されるまで覚えていることはないですし。
どこかに眠っているだけで、突如記憶が走馬灯のように走ることだって、あるのですから。

『忘れた』とか、『覚えていない』と言うのは。
信じないことに、しているのです。

──それに。
相手が忘れていることを前提、もしくは覚えていないことを前提に話をするなんて。

非常に失礼な態度だと、思うのですよ。
……いや、塾講師時代にもそのスタンスでしたよ。

だからこそ、復習をしてもらうんです。
いちど習ったことであれば──そして、どの抽斗に入れてどうやればそれが開くのかが分かれば──そして、その重要さに気付けば。

忘れることも、なくなるのですし。
無論──その抽斗に何も入っていなければ、話は別ですが。

……と。
人当たりのいい塾講師で在ったとは思いますが。

もしかしたら、恐ろしく厳しい人だとも見られていたかもしれませんね。
別にそれは──いいのですが。

相手が『覚えていない』ことを前提に話を進めると。
相手の能力をこちらがいちばんよく知っていると自分自身を過大評価しているようで、嫌だったのですよ。

そんな人って、人を見縊りますし。
みっともないですからね。

もし僕が、そうなったときには。
それは以前の僕ではなく、何か別の存在になった……と、思っていただきたいくらいです。

人の記憶力を過小評価する人を見ていると。
それがその人の想像力の限界であり、その他諸々の能力についてもその対象に劣っていると言うことにも気付かない愚か者……とすら思う僕が。

そうなってしまったら、と思うと。
眉間に焼き鏝を当てられるみたいに──ゾッと、してしまうのです。
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