ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年07月17日

えええええええええええええええええええええ

……いきなりDQNなタイトルから始まりましたが。
まぁ、『ああああああああああああああああああああああああああああ』よりはマシだったと言うことでひとつ。

ところで。
タイトルにも、意味がありまして。

何か本日の『ルーン使いの言の葉』へのアクセス数が、300を超えていまして。
――何か、若干、恐いです(苦笑)。

……えー、だって今まで。
アクセス数が150あれば上々ってレベルで落ち着いていたんですもん←

急にアクセス数が300超えちゃうと、どんな過ちを犯してしまったのだろうかと……内省的になってしまって。
えっと、僕、お縄を頂戴することになりませんよね?←

何か僕、ミスったかなぁ……?
特に思い付かないんですけども。

んー……分からないなぁ。
僕、気になります←

と言う、かくかくしかじかな都合により。
今回のブログ記事のカテゴリは、『興味』なわけですが。

このアクセス数は、何かの予兆な気がします。
何か……なんか……

……こんなときは、どうすればいいんですかねぇ。
僕は特定の宗派に属していないからなぁ……お塩をかけるのも、禊をするのも、告白をするのも、カーバ神殿に向けて……ってのも、ピンと来ないですし。

んー、んじゃあまぁ。
いつものように――自分が救われるようなことを――お話しましょうか。

唐突な話で、これについては“タイヘン”恐縮な話なんですけども。
えっと。

常にどこかで、誰かが死んでますよね。
しかも、それを僕は新聞やニュースで見聞きするような情報から拾うくらいですから――まともな死に方はしていないわけで。

毎日のように、そんなろくでもない日ばっかし続くんだったら。
1日くらい、ニュース番組を放送しにくくなるくらいに平和な日だって、あってもいいのになぁって僕は、思うわけで。

だからですね。
――僕は明日も、そんな日になることを願いたいと思います。

……え、これで僕は救われるのかって?
えぇ、そりゃあまぁ。

僕はエゴイストですから。
僕の認識する世界がそうなってくれれば、都合がいいんです←←←

それには、まぁ。
見聞きする情報くらいは平和である必要があって――必然的に、世界平和が望ましいわけで。

んー……僕が死んでも。
その望みは、保ちたいですね。

僕は自由を重んじますから、間違っても『平等』は願えませんが。
『対等』くらいなら、願いたいなぁって、やっぱり思いますし。

そんな願いや望みを持ちながら。
これからも、頑張ります。
posted by バロック at 18:55 | Comment(0) | 興味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

ドーパミン活性

では、昨夜の宣言通りに。
ブログ記事を、書いてまいりますよ〜

――えーっと。
皆さんは、どのようなことに快感を覚えますか?

エクスタシー、なのです。
恍惚するモノとか……あ、できれば性的なモノ以外のほうがいいですね。

そっちのほうは、大抵の人が快感を覚えるみたいですし。
あまり参考にならないので――それ以外で。

因みに、僕の場合。
知識を蒐集しているときはそうでもないんですけども、自分の知らない世界を発見したときとか、見せられたときには――魅せられますね。

あと、他の人が答えられなかったときに。
僕だけがその解答を知っていて、答えられたとき――そして、それが評価されたとき。

もう、ドーパミンがドバドバ出ます。
それで、逆上せてしまうくらい。

――あぁ、因みに。
僕は人為的に、ドーパミンがあまり出ないように調節されてまして←

んー……抑制される前の僕と言えば。
とにかくハイテンションで、常に半狂乱で、よく頭のヒューズが吹っ飛んで――みたいな、感じだったんですよー

……え、想像できない、ですか?
ありがとうございます、褒め言葉として受け取っておきます♪

まぁ、そうやって人為的に抑制されるようになってから。
インスピレーションやインプレッションの閾値はだいぶ、当時と比べたら上がっちゃいましたが――昔みたいに、頭のネジが吹っ飛んだような感情は持たなくなったわけで。

――んー、そうやって抑制されているにも拘わらず。
やっぱり僕は、他の人よりも脳内麻薬が出やすい性質だと言うことを、自覚しますね。

いやぁ、だって。
やっぱり、すぐに逆上せちゃうんですもの。

興味を持って、その間は脳内麻薬がドバドバ出ているんですが――すぐにくらっと来てしまって、萎んでしまう感じですね。
これでも、精神的な持久力には自信があるんですけどねぇ〜

飽きることは、そんなにないんですよね。
ただ、疲れると言う←言わないけど

まぁ、それは置いておいて。
そんな、僕が昔は狂乱者みたいだったなんてことは、置いておいて(二回目)。

僕、タグに『やりたいこと』と『やるべきこと』を付けていると思うんですけども。
この2つは、卵が先か鶏が先かって考えに近いんでしょうね。

やりたいことをやっていたら、やるべきことが出てくるってのも、言えますし。
やるべきことをやっていたら、やりたいことが出てきたとも、そう言えますし。

僕自身は、どちらでもいいと思うんですよー
僕は今現在取り組んでいるネットビジネスは、どちらかと言うと後者の意味で始めましたが――やっているうちに、やりたいことも新しく量産されてきて、またやるべきことが増えて――その、繰り返しですし。

昨日、成功曲線ってのを習ったんですけども。
成功して報酬を貰うまでが長くて、報酬を貰ってからはどんどん伸びていく――だからこそそれまでの作業量や時間、それに伴う努力が必要――と言う、モノなんですけども。

んー、イメージとしては。
縦軸にy、横軸にxをとったグラフで、{0≦x<a(ただしaは任意の実数)}まではy=0を採って、それからはy=bx^2(aは軸とし、bは任意の実数)みたいな曲線を採るって感じでしょうか。

殆どのノウハウコレクターのかたは、y=0のところで諦めちゃうみたいです。
で、別のモノをやって、その曲線に到達する前に諦めて別のことを――と、繰り返してしまうと。

……実は僕も。
まだ、大卒初任給の半分くらいのお金を、累計でしか稼げてないんですけども。

お金が入ってくるまで、長かったですねぇ……
2ヶ月もかかりました(それまでは、貯蓄を潰したりアルバイトをしたりしてました)←

……そのたびに、「あぁ、学士号が泣いてる……」って、自分を責めていました。
――んですけども。

それからは、少しずつ稼げてきて。
……今月は、クレジット決済に追われて、雀の涙と化しましたが←

一度、自分でお金を稼げたって経験をすると、今後のモチベーションにすごく影響するんだなぁと、改めて知りましたね。
あぁ、やっぱりそうかって。

これからどんどん、伸ばしていきたいなぁと思いますし。
それは結局、僕次第ではあるんですけどね←

と言うわけでして。
今のネットビジネスの月収が目標額に達するまで、ちょっと別のネットビジネスはしない方向で頑張ろうって思ったわけでして。

このブログ自体は、殆ど趣味ではあるんですけども。
やっぱり、「あぁ自分はこれだけ書ける能力があるんだな」って自覚してしまうと、それをお金に還元したくなるのは――しゃーないのかなぁって。

――ですが、まぁ。
それはもうちょっと、今の事業を組み立ててからにしようって――そう、思っています。

さてと。
やっぱり――夜と今とじゃあ、夜のほうが筆のノリがいいですね。

今は何か、「えっと……」と、詰まっちゃいますもん。
だからと言って、その場凌ぎで迂闊なことを書くわけにはいきませんし(苦笑)。

何れは、文筆業で生計を立てたいと思っているわけなんですから。
このような趣味同然のブログ記事だって、本気にならないと。

そう、思っていますから。
本当に――『ルーン使いの言の葉』にやってきてくださる皆さんには、感謝するしかなくてですね。

だって。
こうやって書いているのに、アクセス数が10にも満たなかったりしたら――さすがの僕でも折れて、辞めてますよ(苦笑)。

にも拘わらず、こうやって続けられているのは。
裏を返すと、きちんとアクセス数が稼げているってわけでして。

まだまだ、至らない僕ですけども。
これからもどうぞ、よろしくです。
posted by バロック at 13:49 | Comment(0) | 興味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月18日

そんなモノはあるんだろうか。

何てことのない話なんですけども。
僕に興味のないことって、あるんだろうか、と。

接点を持ってしまうと基本的に、関心を持ってしまうタイプですので。
つまり、すぐに興味を持ってしまうと言う……何とも、厄介な(苦笑)。

そんな僕が、興味を持たないようにできる唯一の方法が。
とことん突き詰めて、飽きるまで考えるってことだったりします←

接点があまりないことであれば、想像を膨らませようにも材料があんまりないですから。
失敗したカラメル焼きよろしく、萎んでどうしようもなくなってしまいますので。

その際、僕が思うことは。
よし、デウス・エクス・マキナだ!……ってことなんですけども。

つまり、合理化。
否、合理的解決。

……そうするしか、ないじゃないですかー
何とかシシュフォスの岩の如く、思考の資源を無駄にするくらいなら――切ってやらないとって。

要するに。
もういいわー、飽きました、だからその案件はもういいですー……って思うと言うことなんですけども。

……好奇心ってのも、考え物です。
世の中には、首を突っ込まない方がよいモノも、確実にありますのに。

そもそも、余計なモノに首を突っ込んでしまうのは、好奇心の塊の性――って言いたいところなんですけども。
ただ単に、経験不足ゆえの失敗とも、言えるわけでして。

ちょっと痛い目を見て、すぐに引き返せるならいいんですけども。
つまり、三十六計逃げるにしかずってことが分かっていればいいんですけども――何が言いたいかと言いますと。

退却する手段があることを用意してから興味を持たないと、それはある意味不幸だ――と言うことですねー
そしてそれを用意できないで首を突っ込む人の大半が……そのやり方を毛嫌いしているか、そのやり方自体を知らないかの、どちらかですよね。

いや、アンテナを張り巡らせること自体は、悪くないんです。
ただ、引き際が分からないだけで。

僕は、自分に手に負えないモノに出会したら、逃げてもいいと思いますけどね。
特に、興味関心の分野に於いては、特に。

……あ、学校とかは割と、興味関心のある人間にはウェルカムでやっているトコが大半だと思うので。
好奇心の塊のような人間は寧ろ、優等生扱いされるかもですが――そうやって優遇されている間に、『入ってよい領域』と『入っちゃいけない領域』を見極める力を付けることができるか否か――それが、要だろうなぁって思うわけで。

そこを教えてくれるオトナって、本当にいないんですよね。
「やめておけ」とは言っても、何でダメなのかを言わなかったり――「やれ」とは言っても、何でそうなのかを伝えなかったり――みたいな。

僕、今さっき。
ゆとり世代の鑑のようなことを申してしまいましたが。

どの世代にも、言えることだと思いますね。
根拠のない、ただ方法を常にその通りに“考えなし”にやっていればいい――なんて時代は、とっくに終わっているだろうし――と言いますか、そんな時代があったとすれば「それは気のせいだ」と、僕は思いますー

……んー、確かに。
ゆとり教育は、なんだかんだで悪く言われていますけども。

今後の教育方針とか、人材育成をしていくための貴重なサンプルになったんじゃないですか?
それを活かさないなんて、本当にゆとり世代を『失敗作』扱いしていることと同義だと、思っています。

……こうやって書いているときに、ゆとり世代は怒ってもいいと思うんです。
何で自分達を実験材料みたいに書いているんだ、この性悪ぐだぐだ男っ!……みたいな。

ですが、それは仕方ないですよ?
日本人として生まれたからには、国にはデータを採られますし――ましてや、地球に生まれちゃったら、ねぇ(苦笑)。

こんなとき、利用されることを嫌がる人がたくさんいますけども、僕は寧ろ逆ですね。
上手く利活用してくれるなら、悪くないと思いますし――ただ、少しでも悪用するなら容赦しないぞ〜……って姿勢です。

そのくらいしないと、やってられないんじゃないかなぁと。
まぁ、詭弁かもしれないですけども←

で、話を戻しますけども。
まぁ、引き際さえ分かっていれば、基本的に興味関心を持ってもいいんじゃないかなと。

僕も、今までの人生で(と言っても、24年弱だけども)、色んなことに首を突っ込んでは狩られそうになりましたが。
んー……運がいいからなぁ、その辺りは。

正しい方法論を以て勉強すれば成績が伸びるように。
正しい倫理観を以て生きていれば、運のよさなんて後から付いてきますよ?

騙されたと思って、やってみましょう。
姿勢をよくしてしまえば、大抵は後付で『やったら得すること』が分かってきます。

それは、人の接し方だったり。
人が見ていない(であろう)ところでの、普段の行いに反映されます。

で、不思議ですけども。
人の評価って、誰も見向きもしないようなところでどんなことをしていたかでだいぶ、傾きますね。

それで何か、こちらに笑顔を向けてくれる人が増えた。
何故か、ツンとされることが多くなった――って、ありますけども。

ハッキリ言ってしまうと、必然ですよ。
自分でも気付かないところで、誰も見てないような、感じてもいないようなところでフィードバックされた評価が、そのまま相手の態度だと思っていいと思います。

何か周りの人間が冷たくなった気がしたら、こちらが借金返済するかの如くきちんとやるしかないんじゃないかなって。
それでずっと続けてダメだった――って思うのは、例え一生涯抱えて出した結論だとしても、早計すぎると言っても過言ではないと思います。

属している世界の風向きがおかしいときには。
観測者の羅針盤が狂っていることのほうが、確率としては高いですね。

と言いますか、そう思った方がいいんですけどね。
認識している世界を変えるよりも、自分自身の認識や行動を見直した方が、簡単ですから。

それで全く手に負えないときに、助けを呼べばいいと思いますよー
そこまで手を尽くして助けを求めれば、その声は大体のところ、届きます(最初から他力本願で助けを求める声とは、物理的にも心理的にも質量も熱量も違いすぎますから)。

それで見向きもしないような人間であるなら。
――それは、人間として如何なモノだろうかとも、思いますねぇ……まぁ、こう言う話にしてしまうと長くなってしまうのは目に見えてましたが、本当に長くなってしまいましたねorz

と言うわけで。
半ば強引に、今回のブログ記事は打ち切りまーす♪
posted by バロック at 18:50 | Comment(0) | 興味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする