ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年07月22日

すごく不思議に思うんですが

3桁の、同じ数字が並んだモノって全て、3で割り切れるんですよね。
同じ数字が『3つ』並んでいるからこそ、割り切れるんでしょうが――まぁ、不思議なモノで。

今回、久々に『学術』のカテゴリで更新してみますねー
まぁ――学術と言うよりは、算数に近いですけども(苦笑)。

111,222,333,444,555,666,777,888,999……っと。
今挙げた9つの数字って、全部3で割り切れるんですよ。

……777なんかは、パッと見じゃあ3で割り切れなさそうなモノですけども。
実際に3で割ってみると……

777÷3=259

……と、なりまして。
やっぱり、割り切れるんですよね。

あぁ、因みに。
777を素因数分解してしまうと――

777=3×7×37

……ってなって、何とも歪なモノができるわけですが←
えー、何か2桁の素因数があると、無理矢理に分解してしまったみたいで後味が悪いんですよねぇ……

……まぁ、それは置いておいて。
じゃあ、ちょっくら証明をしてみましょうか。

……証明ってほど、あんまり難しいモノにはならないんですけどね。
だって、どの位も同じ数字なんですもん……まぁ、やってみますか。

『同じ数字が並んだ3桁の自然数は全て3で割り切れることを証明せよ』

……まぁ、問題文はこれでいいですね。
じゃあ、始めます。

…………
……………………

それぞれの位の数字をaとおくと、同じ数字が並んだ3桁の自然数は111aと表すことができる。
係数である111は3で割り切れるから、111は3の倍数である。

よって、111aは3の倍数であるので。
∴同じ数字が並んだ3桁の自然数は全て、3で割り切れる。

よって、題意は満たされた。(証明終了)

…………
……………………

みたいな。
まぁ、やってみればそんなに難しい問題じゃないんですけども。

レベルとしては、高校入試――いや、下手をすれば私立の中学入試のレベルでしょうか。
この証明をするには、整数の性質と素因数を理解していないとちょっとキツいですけども――まぁ、あんまり難しくはないですね。

とは言いながらも。
僕、この問題を大人になってもできないかたが多いんじゃないかなぁって思っています。

証明、うわー
……みたいな。

ただ、証明って結局のところ。
命題と結論はハッキリしているから、その筋道を教えてくれない?……って言われているだけなんですよね。

ですから、単純に。
その単元をよく理解していれば、証明ってそんなに難しくないんですよね。

――少なくとも、高校入試までは。
大学入試の場合は、ある程度問題に慣れないと……難しいですけども。

命題と結論を提示されるまではよくても、その因果関係が分からずにポカンとしている間に試験時間終了、とか。
なんだかんだで、赤本あるあるだったりしますし(僕にもよくあります。きょーだいとかきょーだいとかきょーだいとか)←

因果関係を説明できるって力は、文理両方の力が必要ですから。
よって、あんまり得意なかたがいらっしゃらないのかなぁ、なんても思いますー

んー、第三者が『なぜこうなったし』って言うのを説明するのは、結構難しいですからねぇ。
介入していれば、ある程度は見えてくるモノが、あるでしょうけども。

つまり、何が言いたいかと言いますと。
証明問題をただ漠然と眺めて「ふぅん……」と思っていたら、いつまでもそれが対岸の火事と化したままで解けたモノじゃないってことですね。

その物事に、関係があるか否か。
そんな心理状況もやっぱり、問題を解けるかそうじゃないかを明確に分けますね。

数字やアルファベットが並んだ瞬間に「無理無理無理無理っ」ってなっている間は、ちょいと解くことはできないので(僕も英語が全然できなかった頃、英語長文問題を解いていて頭が真っ白になる経験をよくしていました)。
その苦手意識を、できるだけ履修してきた最初のほうまで遡って総復習ないし総演習をするってことが、やっぱり重要で。

そのための、塾講師、予備校講師……そして、家庭教師じゃないかなぁって。
僕は教え子が躓いて引き返したくなったときには、いつでもそれができる体勢を作っておこうと、思っていますよー

……と言うわけでして。
本日は家庭教師――をフライングして、個別教室でちょいとアシスタントをしますが。

まぁ、やれるだけのことはやってみましょう。
期待に応えられるだけのことは、是非。
posted by バロック at 11:08 | Comment(0) | 学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

批判的思考

今の言葉で『批判』って言えば、バッシングのようなイメージを持ちやすいんですけども。
もともと、この言葉には『よく考え、吟味する』って意味がありまして。

それを何故か、あれこれダメ出しをしているように思った人がいるのかもしれないですねぇ。
そんな悪いイメージが、残念ながら現代の言葉の意味になってしまっている――なんてモノは、結構ありますね。

例えば。
『はづかし』って古語を、ご存知でしょうか?

これって、『立派』って意味なんです。
曰く――周りが恥ずかしいと思ってしまうくらいに立派――なんだとか。

これも、誤解がそのまま現代の言葉の意味になってしまった一例かもですねぇ〜
まぁ、だからと言って現代語を否定するわけではなく――序文の通り、批判をしているだけなんですけども←

さてと。
なんでこんな話で、しかも『学術』と言うカテゴリを更新しようとしているかと言いますと。

よく、僕の忘れがちになるんですけども。
専攻が心理学(特に認知心理学や臨床心理学)とは言えども、在籍していた学部は教養学部でして。

学部から考えれば、批判的思考――敢えてカタカナ語にするなら、クリティカル・シンキング――が、僕の専攻だ……なんてほうが、間違いじゃない気がしまして。
いやぁ、だって心理学の単位ばっかり採っていたと言っても、やっぱり満遍なく専門科目以外も採らないと、僕は卒業できてないわけですから――教養は、案外磨いたつもりでして。

あと、放送大学在学中には。
高校で未履修だった分野とかを開拓しまくってましたし――教養学部の鑑だと、自負していますが――そこはまぁ、主張しても仕方ないことですからねぇ〜

……なんて風に。
自らの思考をも、批判的思考の対象とすることも可能でして。

デカルトの考え方も、悪くはないんですけどねぇ。
彼はちょいと、自信家すぎたのかもしれないですね――ニーチェと同時代の人間だったら、何かすごいことになってただろうなぁ――なんても、思ったり。

あと、批判的思考と言えば、カントを忘れるわけにはいかないんですけども。
彼は嘘を吐くことを禁忌のように扱ってましたね。

『嘘も方便』って言葉を彼ほど嫌う人間を、僕は知らないかもです。
まぁ嘘を否定したのであって、騙すことを否定したわけでは、ないみたいですけども。

例え話ですけども。
殺人鬼に追われている友人を匿っていたら、殺人鬼が玄関をノックしてこう言った、と。

「あいつはどこにいる?」と。
そこで、真っ赤な嘘を吐くことすら――カントは、許さなかったそうで。

つまり、「ここにはいない」って言えばアウトだと。
まぁ、それは僕も頷けます――だって、その嘘がバレたときに標的にされるのは自分じゃないですか――ってことで。

じゃあ、何て言えばいいかと言いますと。
言葉にちょいと未知数を混ぜた言葉で、返せばいいってことでして。

その友人が、逃げてくるときに南のほうから逃げてきたって仮定しましょうか。
ですから、殺人鬼にはこう言うわけです――「数分前に、南の○○通りにいた」――と。

そうすると、殺人鬼はこう思うでしょう。
「へぇ、じゃああの辺りにいるかもしれない」と。

それで、そちらのほうに行ってしまう――と。
もちろん匿っている友人は部屋の中にいるでしょうが――どうでしょう、こちらのほうがリスクは少ないんじゃないでしょうか。

あとで言及されても、嘘を吐いていないと言うだけで躱すことができますね。
その点では、僕はカントを結構好んでいたりします。

――けども。
僕は小説家としても将来は生計を立てていきたいとも思っていますので――カントのその考え方を聞くと、ちょっと耳が痛いですね。

まぁ、それも実際のところは別に、何ともないんですけども。
いや、だって――作者にとって、書いたことは嘘ではないですから(苦笑)。

……みたいな。
嘘になりそうなときには、戯言にしてしまえば何とかなります♪←身も蓋もない

……と言う、感じで。
久々に『学術』のカテゴリを更新してみましたー

また機会があれば、更新しますね〜
ってことで、今回のブログ記事はこの辺で〜♪
posted by バロック at 14:21 | Comment(0) | 学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

書くことの効用

えー、このブログ記事は深夜未明に更新しているわけなんですけども。
そんな空気を読むことを態とスルーして、学術の話をしまーす♪←

ですがまぁ先程、小説の執筆っつー、だいぶアウトプット重視のことをしていたわけでして。
あと、今現在は深夜のノリでだいぶフランクにはなっているので――ちょいとそれを利用してみようと言う、魂胆だったりしますー

そうすれば、学術の話もだいぶ、柔らかくなるのかなぁ……と言う、実験なのです。
ですから皆さん、どうかご協力をお願いしたいなぁ……と←

さて。
書くことの効用、ですけども。

色々とありますよ。
まず、忘れやすくなります。

……本当ですよ?
「え、じゃあ何でメモるの?」って言われそうですが――そこに敢えてツッコミを入れるのであれば、こうでしょうか。

そのメモを見ないで、そこに書いたことを暗唱してみて♪……と。
いやぁ、それができない内容だったからメモったわけで――と言われそうですけども、じゃあ。

メモした内容を本腰入れて覚えるかどうかは別として。
それで安心してしまって、メモの内容を『忘れ』て他のトコに情報処理能力の配分を持って行ってるー……って考えには、なりませんか〜?

実際、大学の講義を受講していて思っていたことなんですけども。
せっせとメモしているかたに(意地わる――もとい、悪戯で)、講義の内容について語り合おうと思って話をしようモノなら――なんでそんなに覚えているのと、よく言われていました←

メモを取っている側からすれば奇異だったでしょうね。
メモを取っていない僕の方が、講義の内容を理解している……と言うのは。

ですが、普通に考えてそうじゃないでしょうか?
メモを取っている間、講義の話に集中したりレジュメを見直すことをすっぽかしているわけですよね(苦笑)?

……じゃあ、約90分間、集中して講義内容を咀嚼しながら把握していた僕のほうが。
終始メモを取ることばかりに気が行ってしまって、講義内容を咀嚼することを忘れている人よりもソレを呑み込めているってのは――普通じゃないかなぁと←

……んー、2週間前くらいの某水曜21時にやっている番組で、U木先生も仰ってた気がしますし。
あと、外山滋比古御大もかなり、著作でその話をされているんですよねぇ……「書いたことは忘れる」と。

あ、今更ですけども。
外山先生を僕は、本来なら名を唱えること自体も畏れ多いくらいに尊敬してますので――これからかの名を出したい時には、態と『T山氏』とぼかすことにしますので、よろですー……ハハハ←

T山氏の著作に関しては、どの作品もオススメではあるんですけども。
その話は、『本』のカテゴリーでお話します――ってことで。

学術の話と言いながら、あまり堅い話になってなければなぁと思いながら、このブログ記事を書きましたー
……今思えば、この記事の最初の方で引き合いに出した小説の内容も、かなり過激なことを書いてしまった気がしますし……うむ、後で見直そうっと。

まぁ、ほとぼりが冷めた頃に。
そっちの方は、引き続き執筆しようと……思います♪

(色々とあるうちの一つしか言いませんでしたが……えっと、ご容赦を)続きを読む
posted by バロック at 01:26 | Comment(0) | 学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする