ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2017年09月15日

希う

心を亡くすと、希うモノが見えなくなるので。
本当に−−暇ではないことはいいのだけども、と。

忙しいことも、いいのですけども。
忙殺されるのは、好きじゃないなぁと。

そんなことを、思ったりするのですが。
じゃあ、僕の希うモノは何かと言いますと。

学術に於いては、貴族でありたい。
と、言うことなのです。

昔から、何にでも興味や関心を持ってしまうタイプの人間でした。
人体の構造にも、心理的なメカニズムにも、悉有仏性にも、精霊信仰にも、この世にあるモノやないモノにも、好き嫌いにも、なんでも。

それぞれが別個のように見えて。
どこか、連関があるように見えてくるのが、すごく不思議で。

それを、他の人に伝えると。
不思議な顔をされますし、どう繋がっているかを僕が説明しても理解されなかったので。

僕の勘違いなのかもな、なんて。
そう思っていた時期も、長くあったのですが−−今は。

その関わりを意識して生きる人や。
それを敢えて遮断して、自らの領分に絞って抜群の集中力を発揮する人に−−よく、出会す環境に置けたので。

僕の昔から感じていたモノは、勘違いではなかったんだなと。
そう思えましたし−−それに。

今まで、僕自身が理解できそうなモノについては。
理解しようと努めてきましたし−−吸収しようと言う貪欲な姿勢については、未だに持続させているのです。

なぜなら、僕は昔から。
そう言ったカケラを学術に昇華させて−−自らの永久機関にしたいと、思っていたから。

ですから、僕は希うわけです。
学術に於いては、貴族でありたい−−と。
posted by バロック at 13:42 | Comment(0) | 学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月06日

焦点距離

ピントを合わせなければ、見えてこないモノもありますが。
目を凝らしても見えないときには、一旦離れることも必要ですね。

そしてまた、絞るんです。
そうすればきっと、見えると信じて。

何気なく、思ったことや。
何の気なしにやったことが、波及していくことがーーたくさんあります。

だからこそ、僕の行動は殆どが、意識的です。
それでも無意識が生まれるのであればーー常に意識していたほうが、成果が出ますから。

その行動を採るのは、それがよかれと思っているからですね。
意味もなく、僕は行動なんてしないです。

大抵は、思考しています。
感情よりも先に、考えています。

それから、行動に移して。
知らないうちに、感情が伴っています。

ジェームズ・ランゲ説ーーなんて、言いますし。
心理学的知見に於いてはもう、古典的な考え方ではありますけども。

僕はけっこう、これを信奉していたりします。
考えても行動しないことでーー感情のブレを、なるだけ生じさせないようにしています。

感情がやられれば、すべてに支障を来します。
思考がやられる結果、行動が杜撰になります。

その杜撰な行動が習慣化されてしまうと、すべてが杜撰になりますね。
そうすればその後の人生も、大きく変化していくでしょうーーなんて。

さて、と。
焦点距離の、お話でした。

皆さんは、『スケープゴート』って言葉をご存知ですか?
簡単に、『生贄』なんて訳されたりしますけども。

その、スケープゴートを置いている際には。
それが、普通のように感じるようです。

どれだけひどい仕打ちをしようとも。
例えその対象を、くびり殺すことになろうとも。

当事者は、事の重大さに気付かないことが多いですね。
……なんでだと、思いますか?

もし仮に、あなたが生贄だとして。
むごいことをされていくそのときにはーー誰も、それが異常事態だとは思わないんです。

額に焼鏝を当てられながら、あなたは思うでしょう。
何故、こんな仕打ちを受けなければならないのかーーと。

しかしながら、そんなあなたの思いは。
残念ながらーー当事者には、分からないことが多いんです。

色々と理由は、あります。
その中でもーー最たるモノを理由として挙げるのであればーーこれです。

その生贄を。
生身の人間だと思っていないーーと、言うことです。


なんで、ジェノサイドがいけなくて。
鶏の殺処分はいいんですか?

ーー簡単です。
同属じゃないから、です。

じゃあ、なぜ。
ネットでは、非人道的なことが平気で行われると思いますか?

これは、相手が人だと分かっている上でのスケープゴートです。
それでも、炎上や祭り上げは普通のように起こりますーー何でだと、思いますか?

……もう、皆さんはご存知かもしれません。
ネットのやり取りは、媒体を通してしまうからです。

戦争経験者は、こう言います。
人に引き金を引くのは抵抗があるがーー爆弾を空中から投下するのは簡単だ、と。

他にも、海軍の戦争経験者にはPTSD罹患者が少ないことも挙げられます。
それはーー直接、人を殺している感覚にならないからーーと、言われています。

さてと、ネットの話に戻ります。
ネットでのスケープゴート、ですね。

媒体を介しますね。
しかも文章での交流だと、相手が生身の人間だと言う事実が希薄になりますね。

ーーえ、『じゃあイジメはなぜ起こるのか?』ですか?
簡単ですーー苛める側は、苛めている側を同属だとーー思っていないからです。

昔々、日本人は『ジャップ』なんて呼ばれていたわけですけども。
そうすることで、こちらが精神的にも心理的にもーー肌の色で言えば、身体的にもーー劣っていて、同属じゃないように思わせていたんですよね。

戦争でも、こうやって差別化することで自己防衛をするんです。
イジメだって、同じですよーーと、言うわけでして。

話を戻しますね。
ネットでの希薄性、ですけども。

一度、そこでレッテルを貼られると。
無念なことに、リアルでも剥がれにくくなっていきます。

なぜか?
リアルでの接触よりも、ネットでの接触の方が心理的に印象付きやすいからです。

リアルで生きている方々にとっては、これは奇異に感じるかもしれませんが。
ネットを主体にしている人間にとっては、その世界がすべてです。

精神構造をもろもろ、そこに移譲しているかたもいます。
それはーー気軽だから、です。

リアルで人と会うためには、アポを取って予定を合わせて出向いてーーと言う手順が、必要ですね。
ところがネットでは、数クリックで終わってしまいます(アプリをダウンロードしていれば、最悪の場合ワンクリックです)。

そんな便利さゆえに、ネットに重きを置いてしまう人が多いようにーー見受けられます。
僕はそれを否定するつもりはないですーーが。

ネットでの、スケープゴート化に焦点を当てるのであれば。
話はかなり、変わってくるんです。

気軽に、人と接することができるようになりました。
ゆえに、スケープゴートも簡単に作れますーーゆえに。

情報発信者は、プロやアマを不問にして。
その気軽さゆえに(本当は傍点を付けたいくらいです)、有事の際に責任を取る立場に置かれるようになりました。

僕達が発している、その情報について。
僕達はーー責任が取れる、でしょうか。

そう言われると、躊躇するかたばかりじゃないでしょうか。
そこで『もちろん』と答えられる方はーーかなり素晴らしいです。

僕は常日頃から、そこは意識しています。
迂闊な言動が命取りになることを、僕は知っています。

そして、その現場を僕は。
いやーー僕達は。

見ることに、なるやもしれないのです。
ゆえにーー僕は、情報発信者として警鐘を鳴らすわけです。

その発言、本当によろしいのですか?
ーーと。

Twitterでは、ツイートのことを『呟く』なんて言ったりしますけども。
そう言うことでーー戦争経験者のスラングのように、格下げしているようにーー錯覚、するわけですね。

あなたが発しているそれは。
思ったほか、たくさんの人達に影響を与えているーーと言うことを、今回はお伝えしたくて。

こうしてーー久々にーー『学術』のカテゴリでーー更新しました。
んー、そうですね。

僕はただただ、平和であってほしいわけです。
それが崩壊していく様を見ているのは、飽きちゃいましたから。

ーーここまで読んでくださった、あなたに。
最上級の、感謝をーー本当に、ありがとうございます♪
posted by バロック at 02:14 | Comment(0) | 学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月10日

螺旋構造

僕は常に思うわけなんですけども。
行動が目標を貫いて最終的に目的に辿り着いていないのであれば――人生とは何ぞや、なんて。

一直線の最短距離で、進んでいくのがやっぱり。
一番効率的で、エネルギー消費も少なくて楽なんでしょうけども……んー。

殆どのかたって、あっちこっちに場当たりな行動をしがちですよね。
原点は一緒でも、いつの間にかベクトルが大幅にズレていって。

そこに到達できるかと思いきや、また別のことに目移りして。
またまた、大きく進路が変わっていったりして。

その場凌ぎの行動が楽だと言う人が多いですけども。
大きな誤解なんじゃないだろうかと、思うわけなんです。

寧ろ、当初の目的からは大きく外れていくでしょうし。
はっと我に返る頃には手遅れで絶望する――なんてのは、もう救いようがないですよね。

エリクソンなんかは、老年期の発達段階に『英智VS絶望』なんてのを設けていますけども。
まぁ――僕はまだ24年ちょっとしか生きていませんけども、この理論については10代の半ばから共感していました。

そうはなりたくない、と言う消極的な理由で。
だからこうしよう、なんて言う積極的な行動ができていると言う、自負があります。

と言うわけでして、今回のブログ記事のカテゴリは。
随分とご無沙汰だった、『学術』のカテゴリ、なのです。

とは言いつつも、正直に言ってしまうと。
僕がそもそも学術マニアなので、適当に喋るだけでも学術談義には、なってしまうわけなんですけども←

まぁ、よいでしょう。
話を進めますね。

先程、一直線に目的に到達するのが一番楽、なんて言ったかと思いますけども。
実際、どうなんでしょう?

そもそも、そんなことが可能なんでしょうかねぇ……?
人間なんて、無用の用の産物ないし権化みたいなモノですし。

しかも、一直線に進んでしまったら、あまりにも味気ないですし。
誰かの誹謗で簡単に、『ぽきっ』と折れてしまうんじゃないでしょうか。

自分は最初こうだった、だからこうなった。
……なんて言えば、100人中99人には「だからなんだ?」と言われて終わりなんじゃないだろうかと。

だからこその、様々な教養なんじゃないでしょうか。
趣味、と置き換えてもいいでしょうけども。

決して、雑学、と置き換えてはいけないです。
それは自らの人生の、否定ですから。

……さてと。
まぁ、教養があれば。

少しだけ、一直線だった軌道が変わるでしょうね。
きちんとした自我が保ててなければ、別の方向に向かってしまうでしょうけども――今回はそこには言及しないでおきますね。

えっと。
とは言いつつ、軌道に沿った教養であれば、恐らくは。

その一直線だった軌道は、その線を周回する形でグルグル回っていくんじゃないでしょうか。
複数の教養があれば、たくさんの軌跡が生まれていって――やっぱり、最終的には。

目的には、達するんでしょうね。
しかも、たくさんの軌跡によって形成された、螺旋構造の骨太な『人生』となって。

こうなれば、もうそれは。
確固たる自分、そう言えるんじゃないでしょうか。

……と言うお話で、だいぶ今回のブログ記事でお話したいことは終わったんですけども。
ちょいと、僕のお話をしましょうか。

僕は着実に、目的に向かって進んでいます。
たまに本筋から逸れてはしまいますけども、やっぱりそれも螺旋構造を描いているだけだと、思えてきます。

皆さんは、いかがでしょうか?
……なんて。

僕も、殆ど人のことは言えないんですよね。
だって、まだまだ目的には程遠いんですもん。

やるだけのことを、着実に。
今回もそれを座右の銘にして――やるだけですね。

と言うわけでして。
今回のブログ記事は、この辺にしておきましょうか〜♪
posted by バロック at 15:13 | Comment(0) | 学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする