ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2020年06月25日

気紛れを起こす話

早く試験来ないかなぁと。
ぼんやりと思っては。

なんか時間を無駄にしている気がするなぁ、と。
精神的貧乏性的症状が表出してきましたので。

少し片付けた自室の中で。
スクワットなんぞ始めてみたり←

……睡眠の質に影響を及ぼしますからね。
たまにやる分にはいいだろう、と。

まぁ、僕の部屋にはエアコンがないので。
少しやるだけで汗だくになるわけですが。

──部屋に設置してやろうかと思いつつも。
転勤の多い職場なので、それももったいないなぁと思いまして。

生活保護世帯にもエアコンくらいは付くらしいですし。
大丈夫か僕、健康で文化的な最低限度の生活ができているか怪しくなってきたぞ……嘘ですけどね←

悠々と筋トレしたり、勉強したり。
本を読んだり、眠ることができたり。

そんなことができている時点で。
充分に保障されているでしょう、うん。

何か自治体に打ち切られたらピンチってモノもないですし。
食べるのに困ることもないですからね。

それに、こうして。
皆さんに──あなたに。

仕事でもなんでもない日常的な。
それこそ万人に必要とされない情報をお届けできているわけですから。

えぇ、何が言いたいかと言いますと。
日頃の、感謝を申し上げたく。

いつも、ありがとうございます。
常連さんも、今回はじめていらっしゃったかたも。

あなたがたの──いや。
あなたのおかげで、こうして僕は生きています。

これからも、ぜひご贔屓に。
ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ←
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2020年06月24日

かごめかごめと言う話

過去に読んだ本を。
改めて読み返すことがあるのですが。

好きでずっと読んでいた本については。
それほど印象が変わらないにも拘らず。

それほど好きではなかった本を読み返すと。
印象が変わっている、と言うのは。

僕が成熟したから、としても。
いいのだろうか、と思うのです。

別に、いい意味で捉えてもいいのでしょうけども。
当時のほうが優れていたモノだって、あるわけでして。

んー……例えば。
若さとか若さとか若さとか←

え、今も若々しい?
『そこに直れワレェ!!』と言いましょうか?

若々しいと若いとは雲泥の差があるのですよ。
気休めにも程がありますそれでも嬉しいところがもう若くな……え、幼い?

そのとーりっ!
正直なあなたのことを打首にしてもいいでしょうk(ry

と言うのは、置いておいて。
取り乱してしまいました、失礼←

まぁ、当時だからこそ楽しめたモノもあれば。
当時だからこそ理解できなかったり、つまらなく感じたモノがあるとして。

それが後々、面白いモノと思えるようになったら。
大体のことについて『当時は青かった』とか『当時は未熟だった』とか言えるわけですけども。

果たして、そうなんだろうかと。
思うわけですよ。

涙脆くなることは、加齢に依る前頭葉の機能低下が関係すると言われています。
じゃあ、何にでも感涙してしまうことって果たして──成熟した結果だと言えるのだろうか、と言うことなのです。

人間として成熟、と言えば聞こえがいいですし。
その定義からして過去の自分が未熟と結果、相成るとしても。

それと言うのを、優劣とイコールで固結びするのは。
なんだかなぁ、やり過ぎなんだろうなぁと。

そう、思うのでした。
その証拠に──僕は、今の僕もいいと思っていますが。

過去の僕も、あれはあれで。
よかったなぁと、思いますもん。

今と共通な部分のほうが、そりゃあ大きいですけども。
以前の僕とは異なる部分と言うのも、少しばかりはあるわけですが。

それを、成長の証だとか。
成熟の証だとか、思うのは。

違うんだよなぁ、と。
もちろん、その異なる部分を悪しきモノだと思わないのですが──ん、そうですね。

たぶん、僕が。
卵の状態でも、幼虫でも、蛹でも──変態を終えた甲虫でも。

同じように、葛藤したんだろうなぁと思いますよ。
仮に今の僕と同じ思考力があったとしての話ですが←

そのうち、過去にあったモノといまあるモノ。
それと、過去から見て失ったモノを見ていったときに。

納得できる瞬間が、自ずとやってくるとは。
経験則上、思えるわけですけども。

それもそれで、いいのだろうかと思うわけでして。
じゃあ納得できる瞬間に出会したときの僕はこの感触を忘却したわけではなくして、どう折り合いを付けたんだろうかと。

そう、未だ来ていないモノについて考えるのでした。
これも、こう言う児戯めいたことが好きだからこそでしょうけども──少なくとも、幸運なのは。

こう言うの、僕。
イヤじゃないって──言うこと、ですね。
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2020年06月23日

百面相の話

常に、自分以外の何者かを演じている感が拭えず。
なんでかなぁと長く考えていた時期もあったのですが。

思えば、自分のなりたい者になろうとしたり。
自分が自分でありたいと磨きをかけたりすることも。

ある意味、何かを演じていることに他ならず。
それが自分の中で納得できるか否かのほうが大切なんだろうな、と思えるようになってから。

あまり、なんでかなぁと考えなくなりましたね。
納得したからでしょうね、たぶん。

演じている今の自分が自分自身であることは間違いなく。
他の誰でもないことについても、勿論のことなのですから。

何をどう考えても自分自身である、となれば。
それが真に演じたい自分であり、その主体が自分であるならば悩んでも仕方がない、と。

それよりも、板に付くまで修練をする他ないだろうと。
そして演じ疲れたら休んでもいいじゃないか、と。

もし、演じることに飽き飽きとしてしまったら。
閉じ籠ってしまってもいいじゃないか、と──そう、思えるようになったのですよ。

そしてそのうち。
閉じ籠っている自分でさえも自分が演じたい自分自身で他ならない、なんて思えるのかも。

と、引き籠り経験も豊富な僕は。
他の人にも当て嵌まるかよく分からないけど当て嵌まるんじゃねぇかな、なんて。

のほほんと、考えたのでした。
やっぱり、主体が納得するかどうかがいちばんだろうなと。

皆さんは──あなたは。
大丈夫ですか?──それとも、ダメそうですか?

休みたいときに、休んでもいいと思いますよ。
動きたいときに、動いてもいいと考えますよ。

どうか、無理せず。
ご自愛くださいね。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする