ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2019年09月16日

謹慎について思い付いた話

謹慎処分ってありますが。
あれって、不謹慎なことをしないように謹慎を強いることを指すんですよね。

となると。
謹慎とは、罰として成立すると言うことになるわけですね。

なのに、謹慎処分を執行できるようなところって。
大方、言動を謹んでいなければならないところなわけでして。

そうなると。
普段から謹慎しているのに何か不謹慎なことをやらかしたら『謹慎せよ』と言うのも。

変な感じがするんですよね。
だからと言って『不謹慎せよ』と言うのも違うとは思うのですが。

それが、箝口令の一環だとしても。
であれば職場に缶詰にさせて軟禁状態にしておけばいいじゃないかと思わざるを得なく。

監禁ではなく、軟禁です。
きちんと罰するために、経費で落とさずその人のお金で食費等を賄ってもらって。

と言うほうが、謹慎できる気がするんですよね。
何か不謹慎なことをしでかさないか、見張ることもできますし。

まぁ、それを社会が許さないと言われてしまったら。
それまででは、ありますが。

本当に、社会のことって。
よく分からないんですよね──社会と言う存在が不謹慎だからこそ個人レベルで謹慎することが罰になるんじゃないかな、とも思ったり思わなかったり以上←
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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