ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2019年04月23日

ジレンマの話

やらなくてはならない。
こうするべきである、と言うことが。

よくないことだと。
破滅しか生まないと、思っていても。

なかなか直せないのは。
人が変化を恐れる生き物であることと。

直ちに死ぬわけではないと言う。
非即死行為であることが、一因かと思っています。

それを行うことで。
じわじわと首を絞め付けられるようなモノだとしても。

それで、すぐに致命なほど苦しむわけでもなく。
遠からず絞まるわけではないと、分かるなら。

そしてそれ故に。
いま現在の自分自身がいると、分かってしまうならば。

変わることを、先送りしてしまうのだろうと。
そう、思うのです。

それに、その首を絞め付けている縄は。
その人にとって、大事なモノなのかもしれませんし。

そもそも、解放されたとしても。
その下が真っ暗で、落ちた後に生きている保証がない状況……と言う人も。

いるのだと、思うのです。
だからこそ僕は──その人を助けないですし、自分自身が同じ境遇に陥っていても助けてほしいと思わないのです。

ただ、何もしないのも。
何もされないのも、嫌なのですけども←

見て見ぬ振りなんて、最低ですから。
助けずとも、手伝ったり手伝われたりくらいは──したりされたり、したいモノなのです。

あくまで当事者に主導権を。
したいように、しなさい──そして、させてほしいと。

そう、思うのでした。
……別に、縄を解いたり断ったりするだけが、その人を救う方法ではないですから。

足下が、真っ暗ではないと伝えることも。
足場を用意することも。

首を絞められている人の代わりに。
周囲に助けを求めにいくことも。

どれもこれも。
その人を救う方法としては──有効だと、思うのです。

ただ、その人自身がそれを望むとは限らないので。
あくまでもその人が望み易いように救う──程度にしか、手伝いませんが。

それくらい、最低限のことは。
したいし、されたいモノなのですよ。

例え僕が。
ソリタリだと、しても。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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