ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2019年03月03日

抽象的な話

雛祭りの日ですね。
なぜか、馴染み深いイメージがあります。

こどもの日よりも。
……え、生物学的には男ですよ僕は←

なぜでしょうね。
雛霰や桜餅のほうが、柏餅より好きだからでしょうか←

なんだ食い気かよ。
自分で書いてみて、自分自身にそうツッコミを入れてみる←

……んー、他には。
華やかなイメージが、雛祭りのほうにあるからでしょうか。

とか言うと。
鯉幟は華やかじゃないのかって、言われそうですけども。

……んー
たなびくあの姿を眺めていると。

どこか、華やかさよりも。
逞しさを感じてしまうんですよね。

そりゃあ、真っ白で綺麗な白鳥だって。
水面下ではバタバタしまくっているわけですが……しまった、話がズレた←

……そう言えば。
地元で展示会があるんでした、行かないと……え、割と一連の流れを汲んだ結果この思考ですが、なぜかは言えない()

話を強制的に戻しますね。
完全にここまで脱線したの、僕のせいですが←

雛祭りの日のほうが馴染みがあると言うのは。
どこか、憧憬があるからなんでしょうね。

男の子よりも。
女の子のほうに。

僕自身は、トランスジェンダーではないですし。
男性として生まれた自分の性が嫌とはあまり、思わないのですが。

よく、女性として生まれていればと。
妄想することは、あるのでした。

それは、非常に消極的な姿勢に基づく思考だと思っています。
男ならこうであるべきとか、男だったらこうするべき……と言うことを提示されたり強制されるたび、僕が嫌気を差しているだけとも思うので。

実際、女性になりたいとも僕は思わないのです。
そうだったらどうなっていただろうか、とは思うのですが。

むしろ、僕にとっては。
男性であろうが女性であろうが、どうだってよいのでした。

その、中性的なところから眺めてみて。
生物学的に男性である以上、女性性のあるモノに憧憬を感じるのは。

もしかしたら。
当然なのかもなぁと、思うのです。

そうじゃないからこそ、憧れるのですから。
僕が女性として生まれていれば、男性に憧憬を抱いたかもしれませんし。

それはIfでしかないですし。
来世があったとして、記憶が引き継がれていない限りはそれを判断しかねるのですけども。

答えの出ないことを考えられる素材だからこそ。
僕は、雛祭りを身近に感じるのかもしれないですねー……僕、答えの出ないことを考えるのが好きなので。

うん、そうですね。
そうに、違いない。

ですから、僕はずっと。
そう言った僕とは違うモノにずっと、憧憬の念を抱き続けるのでしょう。

(って理屈だと、男性性のほうはもう答えが出てるってことにならねぇか?)
(バレたか。んー、余事象に重複があるのでそうじゃないってことで。/よろしく。誰に?上遠野先生に)

posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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