ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2019年01月14日

慣れないことをしながら

ゲーテ曰く。
感覚が過つのではなく、判断が過つのだそうです。

それは個々人が感性のいい人と言う前提のもとで。
成立する話だと思うのですが。

言い得て妙だとは、思うのです。
感覚のほうは、嘘を吐きませんから。

と言うよりも。
嘘を吐くことができない。

ですから。
感覚にて自ずと向かうことについてあれこれ言及したり批判したりすることは過ちのモトである。

ゆえに。
考えずとも自然とそうなることについては、嘘を吐くなと。

言うことなのかなと。
愚考、するのでした。

……因みに、僕は。
全ての人間が優れた感性を持って生まれるとは思わないタイプですが。

実はこれには、明確な根拠がありません。
個々人が何を感じ、思い、考え、生きたかによって周囲及び自己への印象が変わるからです。

僕の生い立ちから言うならば。
そのように言う、と言うだけです。

テレビの注意テロップに出るようなことですね。
これは個人の感想であり、云々。

ですから。
金子みすゞの言葉を借りるなら──みんな違って、みんないい──んじゃなかろうかって。

ただ、それを貫くことも正義であり、貫かないことも正義。
そして、全く違うことを貫くことも、そうじゃないことも正義なので。

この世の争いは今後も減らないだろうなぁと、思ってしまうのですが。
まぁそれはそれで──別にいいやと、思うのでした。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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