ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年11月01日

インプット至上主義かく語りき

僕は徹底的なインプット主義です。
情報を繰り返し取り入れ、流し、残ったモノを結晶化させます。

なかなか、残らないモノでして。
掴み所のない泥のままで流れていってしまうことも多いのですが。

何度も根気強く、インプットしていくと。
いつの間にか、磨くとよく輝きそうな原石を見つけるのです。

あとは、再度。
インプットして、インプットを重ね、結晶を洗っていくのです。

いちど、結晶化してしまえば。
流れることなく留まる上に、流れていくインプット内容によってどんどん、磨かれていくのです。

際立って、輝き続けるようになっていきます。
そしてインプットを怠ると、あっと言う間にくすんでしまうのです。

大きくなってきた結晶が、インプットをしなくなったら急にくすむのですから。
常にインプットしなくてはと、次はそうしないようにと、インプットをさらに重ねるのです。

そして、ある程度大きくなってきたら。
それを、ちょうどいい大きさに形作っていくのですこれが、僕にとってのアウトプットですね。

ですから、僕は。
アウトプットするためには大量のインプットが必要だと、信じて疑いません。

インプットは全体の9割くらいでも、差し支えないとさえ思っています。
それだけのことをやらないと、試験当日のときに全力でアウトプットできないんじゃないか、とすら思います。

もちろんこれは、僕個人の所感であり。
万人に共通する話ではないとは、思いつつ。

僕にとって、インプットは銃弾の装填ではなく。
銃器の日頃の点検に、他ならないのです。

なんて。
比喩に比喩を重ねた、本音をお送りしました←
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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