ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年09月12日

疑う者の戯言

人を信じないなら何を信じるの、なんて言われそうですが。
行為を信じますね。

相手の思ったことや感じたこと、ではなく。
相手がそれを言った、やった、と言ったような行為を信じます。

撤回のしようのないモノだからこそ。
それを、信じるのです。

それが、行為者の責務だと思うので。
行為は全うせねば、なりません。

それを聞く人、受ける人がいる限り。
人間として現存する限りは、その自由を行使するための責任から逃れられはしないでしょう。

なんて、サルトルのようなことを言ってみる。
実際にはその先が、サルトルの主張したいことの気がしないでもないですが←

最近、リアルで付き合う人たちは。
どうにも言うことややることに対して責任を取れない人ばかりな気がして。

どうにも、やるせなくなりますが。
じゃあ僕は責任を取り続けることができているだろうか、と言えば。

少し、疑問に思ってしまいますね。
きっと、僕の自由と責任なんて自らの自己完結で済んでしまうのでしょうから。

例え僕が社会に属しないアウトローだとしても。
自分に起こることに対して自由と責任を感じ、全うしていくことでしょうし。

その質量は、社会的間柄であるいま現在と殆ど変わらない気がするのですよ。
それが、弱冠20後半にして孤独が心地よくなってしまったオマセさんの境地なのですが。

まぁ、ただの戯言ですよ。
……たぶん、ね←
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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