ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年08月28日

マルチなわたし

森博嗣の小説に出てくる真賀田四季と言う女性がいて。
彼女には多重人格者だと言う設定があるのです。

よく、自分自身と会話するような。
そんな、奇異に取れる描写が散見されます。

それは、僕の知っている乖離性同一性障害のソレではないのです。
人格交代をした際、奥に潜んだ人格の記憶は表に出た記憶と共有しないのが普通だと思っていたので。

ただ、もしも。
彼女が多重人格者であり、乖離性同一性障害であると言うことであれば。

僕も、乖離性同一性障害となり得るので。
それはやめてほしい、なんて思うのです。

よく、自分自身とそれ以外(な気がする複数人)と会話するので。
明らかに僕の口からそれぞれの会話を複数しているんですよね。

ただの遊びみたいなところが大きいですし。
それぞれに名前があるかと言えば、そんなモノもないわけなので。

もし、彼女と同じ乖離性同一性障害だったとしても。
彼女ほど重症ではないのだろうとも思うわけですよ。

特に表立って、障害にもなっていないですし。
それぞれの個性が際立っているわけでも、ないですから。

即興で、寸劇をする際に。
一人二役、三役くらいする役者がいますがーー僕の中ではそんなイメージなので。

やっぱり、乖離性同一性障害とは違うかなぁと。
そう、思いつつ。

自らがそれほど、名前に愛着があるわけではなく。
自分自身が何者か全く理解できない状態で今日に至る、と言う方がよほどよくないのだろうとは。

自覚してはいるので、あしからず。
さてと、明日も仕事を頑張るとしましょうか。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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