ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年08月19日

鎌鼬と人間

記憶とは、擦過傷のようなモノだと思っています。
意識、無意識関係なく。

前者はリストカットのようなモノで。
後者は、いつの間にか付いている傷のようなモノでしょうか。

どちらも、何かの拍子で沁みたりしますね。
そんなとき、それと関連した何かを思い出す……のかも、です←

そして、前者は刃を当てるごとに痛みを生じ。
痕がつき、思い出すことも多くなるかもしれません。

それは、刃を引いたときの痛みでしょうか。
それとも、流れる血液の熱さ、でしょうか。

手当てをしているときの、罪悪感でしょうか。
それとも……自らが生きていることへの、喜びでしょうか。

後者には、それほど思い起こすことがあるでしょうか。
いつ擦ったかな、やってしまったな、気を付けよう……くらいじゃないでしょうか。

……えぇ、例えが非常に悪いことは重々承知ですが。
僕にとって記憶とは、そのようなモノなのです。

印象深いことほど忘れないよ、なんて言うのですが。
言葉を選ばずその理由を言うと、上記のようになるのですよ。

自ら付けた傷からは、一入。
痛みも熱さも、包帯や消毒薬の匂いも、罪悪感も生きていることへの喜びも得られてしまうので。

あのとき自分は自分を傷付けたから次は、【××する(しない)】と決め易いんですよね。
それほど、想いが強くなるのです。

そしてまた……やっぱり、例えが悪いのですが。
リストカットをしたら、どうなるでしょうか。

初めて手首を切ったときのことも。
その後に決めたことも全て、思い出すことになる。

そして自らの中で、嫌悪や決意の念を強めるわけです。
そこまで行くと、忘れるほうが難しいのかもしれません。

……なんて。
ですから、記憶したいなら能動的に動くしかないのだと思うのです。

漫然と見て、聞いたモノは。
いつの間にかついた擦過傷のように、瘡蓋が剥げて数日したら忘れてしまうのです。

ですから、記憶をしたければ。
忘れるのが嫌であれば……自らの手首を……もう、いいですよね←

そして、もし忘れたいならば。
最初からそうしないこと、なのですよ。

……では、最初から何もしなくても痛みを引き起こすモノが近くにあって。
何が何でも覚えてしまうのであれば、どうしよう……ですか?

そんな鎌鼬からは、距離を置くべきです。
物理的にも、精神的にも。

そして、経済的にも完全に距離が置けると最高です。
それを目指してまずは生きることも、アリだと思うのです。

もしかしたら、その鎌鼬は思ったほか。
大したことのない存在になるかも、しれませんから。

RPGでよくあるような。
ちょっと触れたらバトルになることなく、勝手に消滅するような雑魚キャラになることだって大いにあるのです。

そうなってしまったら、占めたモノです。
あなたをいちばん束縛するモノはいなくなり、あとはあなたがゆっくりあなたになればいいのですから。

なんて、言ってみます。
……え、経験してきたみたいだって?

えぇ、もちろん。
僕はさらに成長してみせます、自らの憎悪すらも自然に浄化できるように、ね。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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