ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年08月06日

未踏の地について思う

先週、職員専用のメールで。
8/15に黙祷をするように、と来ていたのを思い出しました。

もう、そんな時期なのですね。
僕は取り敢えず、まだ生きられているようです。

僕は実のところ。
伊丹空港よりも西に、出向いたことがないので。

広島には、行ったことがないですし。
僕のような視聴覚が過敏な人間にとっては、暑くて陽射しの強そうな場所に行くのは灰燼と化すだろうから酷だなと、思うわけですが。

もっと異質なモノで焼かれた彼らは。
どれだけ熱かったことだろうと。

そう、思わずにはいられません。
……こんな時期になると。

僕がのうのうと生きていることに若干の負い目を感じるのは。
もう、恒例のようなモノで。

彼らが生きていればできていた苦楽を。
僕はきちんと味わえているだろうかと、思うのです。

ナーバスには、なりませんが。
彼らがどのような思いで死んでいったかを考えると、どうしてもやるせない気持ちになるのでした。

一瞬で消えただろ、と言う人もいますが。
それとこれとは、話が違います。

苦痛を感じる間もなく吹き飛んだだろ、とかナンセンスじゃないだろうか。
と思うのは、僕だけではないと思いますし。

そもそも。
一瞬で吹き飛ばされずに苦しみながら逝った人達の存在も、忘れられないわけで。

それにしても。
あれから、73年ですか。

ヒロシマ、ナガサキ、ドレスデン……と。
3日後にも同じことに想いを馳せる未来が見えそうですが。

一先ず、本日は。
あの、未踏の地について想いを馳せるとしましょう。

ポツダム宣言の原文を読んだ僕としては。
前職で生徒にそれを読んで聴かせた僕としてはーーやはり、当然のこと、ですから。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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