ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年05月11日

深層心理に訊いてみる

こんなことがありました。
少し離れた図書館へ行こうと思っていて。

最寄りのバス停から、直で行ける場所なのですが。
なぜか、その直通のバスを2つも逃したことがありまして。

1つであれば、寝坊や遅刻や計算違いとか。
諸々のせいにできるのですが。

さすがに、2つも逃したとなると。
かなり間抜けと言いますか、やる気あるのかと言いますか。

ですから、あのあと。
言いようのない睡魔に襲われたので、横になりながら考えたのです。

なんで図書館へ行こうと考えたのか、と。
もしかして、僕のやりたいことではないのでは、と。

目的から外れた行動を取ろうとしているゆえ。
抑止力のようなモノが働いて、行けないのではないか、と。

どこぞの魔術師のような思考を、したのです。
えぇ、奈須きのこ先生は大好きですよ、愛してます←

……こほんっ
まぁ、そうやって考えていたら。

僕の目的は、集中したいってことだと気付きまして。
そのために図書館へ行くことが、出掛けることで血の巡りもよくなるし公共機関を用いることで読書もできると言うような。

かなり効率的に考えた結果、図書館へ行きたい。
なんて、そんなことを考えていたみたいなのです。

ただ、そこまでのハードルが高かったようで。
それはなぜかと言うと、知らないうちに心労が溜まっていたからだ……と、気付いたのです。

そうすると、外に出るのは得策ではなく。
どちらかと言うと、外に出ずにできることをすればいいんじゃないかと。

そう、思い直したのです。
幸いなことにそのときは、同居人が両方外出していたのですから。

集中できない環境では決して、なかったのです。
おそらく、帰ってきたあとには集中できなくなる……と言うことを、危惧したのだろうと内省したのですが。

心労が溜まっている状態で、周囲がノイズに塗れているように感じるような心理状態で。
外に出て、家に帰ってきても次の日以降の生活に異常を来すほどの自閉への道が開かれるだけだと。

そう、気付いたのです。
であれば、同居人が帰って来る前に集中しなくてはならないことをやっておくべきではないかと。

それは寧ろ。
出掛けてしまったらできないのではないか、と。

それに気付いてからは、ゆっくりと目を開けて。
口に出して言いましたーー決めた、今日は出掛けない、血の巡りは家で歌ったり飛び跳ねたりすればよくなるし、外に出るのはどうでもいい。

なんて。
そうしたらその1日は、ずっと安らいだままになれたので。

あぁ、自分次第かと。
そうすると精神的に荒れている普段の僕はなんだったのだろう、なんて思うわけですが←

そんな日もあるだろうと。
コイントスをする際に表と裏が同様に確からしい状態で1/2だと言ったって。

表続きのときもあれば、裏続きのときもありますし。
何かの手違いでどちらにもならないことだって、あり得るのですから。

別にいいやと。
バスを2本逃した日にも思いましたし、今に至ってもそう思うのです。

ですから。
まぁいいや、と。

僕は、このままでいいんですよね。
ずっと、ずっと。
posted by バロック at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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