ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年02月24日

マニュアルとは

たまに、こんなことを思います。
もう少し、察しが悪ければいいのだけど……と。

こんなことも思います。
もっと、相手の言うことが理解できなければいいのに、と。

僕は、話の聞けない人。
もしくは、理解できないときに自らの常識に則ってオーダー通りに動けない人を。

−−マニュアル人間。
なんて、呼ぶわけですけども。

マニュアル人間同士であれば、話の齟齬がない場合があるのを。
彼らがあまりに多く存在するがゆえ目の当たりにする機会が多く。

大多数と会話が成立しないのは。
寧ろ僕が、マニュアル人間ではないからだよなぁと。

そう、思うわけでして。
その一因として、最初の4行ほどの仮定法を思い付くわけでして←

ですから実際、そうなりたいかと言えば。
別になりたいわけでも、ないんですよね。

ただ、その大多数はあまりにも大勢いて。
彼らとどうしても会話を続けなければならないときは、どうしても心身を蝕まれるかのようなストレスを感じるわけでして。

あぁ、困ったなぁと。
仮定法レベルで願うレベルだとしても、それくらいの感想を抱くことくらいは許してほしいと言いますか。

……なぜ、マニュアル人間になろうとしないか?
僕の友人は皆、マニュアル人間ではないのですよ。

あと、僕自身が嫌なのです。
マニュアル人間になることは、自らのリソースをナニモノにも還元することなく廃棄しているようで。

ですから、やっぱりこのままでいいや。
なんて思いつつ、これをイヤミではなく事実として理解してくださるのは……僕の友人だけ、と考えると。

逆説的ですが。
まぁ、いいのかもなぁと。

割と、僕の友人は多いですし。
顕在的にも……潜在的にも。

……え、だから何かって?
戯言なので、オチもヤマもないっすよ???←←←
posted by バロック at 00:00 | Comment(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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