ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年02月16日

ちょっとだけ、よ

毎度、ラベルに『資産』とか打ってますけども。
なんでかって話を、少しはしようかなと思います。

この世には、大きく分けて3つの自由があると思っています。
と言いますか、公民で習う内容ではあるのですけども。

1つ、身体活動の自由。
2つ、経済活動の自由。

そして、3つ目。
精神活動の自由、です。

僕はこのうち。
精神活動の自由を、大特異点として挙げています。

精神活動を妨げられることが、僕にとって耐えられないことの最たるモノで。
いちばん守られるべき自由だと、そう思っていると言うことです。

例えば、左脚を持っていかれたとします。
んー……真理に←急にサブカルネタ

たぶん、凄まじい激痛でしょう。
あれから第1期と第2期ではできたモノが違いますが、どっちにしろそれを見て後悔するでしょう。

思うに、あの後の経済的損失ってどれだけあったかと思いますし。
結局のところあのミニマムどチビくんは国家錬金術師にもなって取り返しまくっている気がしないでもないですけども……あぁ、弟くんが全部消えたので鎧に魂を入れた代償に右腕も失くしてはいますが。

この辺にしましょうか。
うん、えっと……引き合いに出しただけなので……あらかわせんせい、ごめんなさい←

ただ、僕は思うのです。
実際に上記のような常軌を逸することが起こったときに。

耐えられないことは、なんだろうと。
僕の場合は……あの、代償として持っていかれたこととかその後の生活の実際のこととか……では、ないのですよ。

僕にとっては、あの。
禁忌をしてしまったと言う背徳感、母親とは異なるモノを作ってしまったやるせなさや絶望感、自らが施術された痕を見るたびに思い出す血腥い光景……弟の存在。

そう言った、精神的なモノが。
どこまでも、嫌なのです。

精神的なモノは、どこまでも残ります。
実際に腕が後天的になくなったかたが『なくなった腕が痛む』と訴えられるような幻肢痛なんて、その最たるモノだと思っています。

しかも、人は勘違いで死ぬことがあります。
悪夢で死ぬことも、できてしまいます。

それに、僕は。
精神的な部分でぼっきりと折れてしまった人の末路をかなりの数、見てきたのです。

それがなぜかは、まだ言わない予定です。
もう『ルーン使いの言の葉』も1500記事に到達しようとしていますが……もしかしたら、言わずに終わるかもしれませんけども←

なんて。
要するに、精神的苦痛は耐えられないってことですわ、あはは←身も蓋もない

身体的充実……あったほうがいいですよ。
せっかく、この世に現存するために必要な容器ですし、スペックが高いことに越したことはありません。

経済的充実……あったほうが、いいですね。
この世の通貨ないし共通認識は、これみたいですしーー別に、少なくてもいいですけども。

じゃあ、精神的充実は?
なくてはならないのです、僕の本質はこちらなのですから。

身体を用いるのは、僕ですし。
利潤があったところで、主体である僕が精神的に参っていれば楽しいことに用いてもちっとも楽しいと思えないのです。

ですから。
僕の言う『資産』とは、精神的なモノなのですよ。

なんだそのスピリチュアルな、なんて言われそうですけども。
極論を言えば、僕自身が僕の属する世界を観測しているのですから。

僕自身が精神的に充足されることで。
正しい方向性を持って、認識し続けていけるーーそうなれば、逸脱なんてするわけがないと。

そう、信じているので。
ですからーー僕は、精神活動の自由を充実させるための投資は、惜しまないのです。

それが、巡り巡って。
身体活動の自由ないし経済活動の自由を充足するための活力に、なるのですから。

なんて、思いつつ。
『ルーン使いの言の葉』を書き始めたときにこんなことを言うのもなぁ、なんて思ったモノですから。

もう1500記事に到達しそうなくらい更新しているいまなら。
自らの思考に則った本質的なモノを発露させてもそろそろ許されるかなと思い、書きましたとさ。

……あぁ、気が済みました。
あぁ、次は『大きな図書館』で何を浚いに行こうかなぁ♪
posted by バロック at 00:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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