ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2018年01月15日

中和の話

アレニウス曰く。
酸と塩基が化合すると、それに基づいた金属塩と水が発生する……これが、中和であると。

アレニウスのそれは、万能ではないので。
ブレンステッドの言う酸と塩基の話は……うん、話が拗れるので割愛しまして←

取り敢えず。
酸と塩基(アルカリ)が化合すると、金属塩と水が基本的に発生する……くらいで、許してくださいな←

さてと。
よく、こんなことを言う人がいます。

『自分のよくないところは中和したほうがいい』と。
僕はそのこと事態に、異論はないのですが。

じゃあ、中和を試みた人が失敗した際に。
そう言った人がフォローするかと言いますと……しないことが多いんですよね。

そうすると、どうなるかって。
中和を試みた人が、劣等感を抱くわけです。

自分には才能がないとか。
努力が足りなかったとか。

違うんですけどね。
クリアの仕様がない無理ゲーを強いられ、コンティニューコインも与えられず、ゲームオーバーに【させられただけ】なんですけども。

アレニウスの定義から言えば。
酸と塩基を中和したら、水と金属塩ができるのは当然のことですから。

中和したのち。
金属塩を正しく処理する方法、と言いますか、方法論を伝えられることなくやらされたらそりゃあ、と。

本物の化学実験でそんなことを、するわけもさせるわけもないですよね。
最悪、人が死ぬ上に周囲に多大なる悪影響を与えることになるのですから。

しかも、遠い将来に渡って残存する可能性もあります。
こんなことも予測できないで理系を名乗る人間がいたら、絶対に許さないですね僕は。

それで、何かと言いますと。
実際の化学実験に於いては、そんなことをやらかす人はいないわけですね。

なのに、人と人の伝達に於いては。
そんな、ぞんざいなことが行われているわけです。

中和したらいい、処分方法は各自で、あとは知らん、自己責任で。
なんて浅はかで、無学で、大人の皮を被った悪鬼外道でしょうか。

まだ、発展途上の人間を。
フォローもしなければ避難もさせず、自ら逃避し、事勿れを貫くなんぞ。

なんて言う、鬼畜の所業でしょうか。
ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』のツァラトゥストラのように、「嘔吐!嘔吐!」と叫べばいいのでしょうか←

吐瀉物だって、きちんと処理しないと大迷惑でしょう。
それを自ら後始末する方法を伝えずに逃げる大人が多くなった気がして、僕はならないのです。

自ら発した言葉には、言霊があり。
それに心を動かされた人間が、行動させる活力になると僕は思っています。

だからこそ。
言葉をぞんざいに扱う人間や、なんの覚悟もなく人に言葉を投げかける馬鹿者が、僕は大嫌いなのです。

だって、彼らは。
人のリソースを奪うだけ奪って、何も返しませんから。

なんて。
中和方法も伝えず、有害か無害かよく分からないモノの処理方法も伝えず、そう言った人間を中毒させ今後の人生を棒に振らせるような人は。

人殺しと、何が変わらないのでしょう。
僕にはそう思えて、なりません。

どうやって、それを中和するんですか?
寝る?遊ぶ?それについて何か昇華できるモノはある?それを燃料にして打ち込める大切なモノはある?

……無責任な人達に毒されないうちに。
僕はそんな問いを、彼らに投げかけ続けるとします。
posted by バロック at 00:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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