ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2017年12月31日

1

大晦日になりました。
やり残したことが本当にないか、考えてみます。

読み残した本も、特にないですし。
年始が大嵐で引籠ること一択になって暇になったとき用のモノも、いくつかありますし。

年越し前にやっておかなくては致命的なモノは。
すべて、やりました。

これから年始を迎えるに当たって。
心身がたるみ切らないようには、努めねばなりませんが。

思えばそれは、常日頃から心がけていることでして。
年末年始だから、休日が長いから、なんてことで新たに意識することでもなく。

では、これから僕はどうするかと言いますと。
ただ、いつも通り生きていくだけなのですよ。

そうしていくことで、僕は。
もっともっと、貪欲に、向上しようと、努めるでしょうから。

今までにない、境地ではあるんですよ。
来年の抱負を、特に考えないなんて。

いつも、意気込んで意気込んで。
達成不達成関係なく、自らを追い込んで苦しくなっていて。

なぜ、僕はこんなに死にたがりのような生活をするんだろうかと。
窒息しかけながら思ったモノなのですけども。

早いうちから、自らの首を絞めることに終始していたからか。
他の人よりは、音を上げることもないんだよな……なんて、思ったり(いい意味でも、悪い意味でも)←

これを人は、『苦労』と呼ぶようです。
僕にとってみれば、自業自得な気がしないでもないですがーーいま現在に至るまで、(いい意味で)音を上げなくなったのも事実なので。

『サンクコスト』のようなモノだろうなと。
そう、考えていたりーーですから、僕にとっては。

『苦労』をしてきたと、言うよりも。
『努力』をしてきたんだよなぁと、思うのです。

苦労をしてきたと言うのを、僕は覚え直すことにしているのです。
実際にそれが何に先立ったかを踏まえて、サンクコストとし、努力をした結果いまがあるのだから……帳尻が合ってるな、と←

ですから、周囲から『あの人は苦労してきた人で』と紹介を受けると違和感を感じます。
当時の僕は苦労しただろうけども、努力を前提として生きてきたのだから『あの人は努力してきた人で』と言ってほしいなぁと。

僕はもう、10000日以上生きてきたので。
割と言葉を正確に扱う気がない人が老若男女問わず多く存在する、と言うことは分かってきているのですが。

それでも、こう思うのですよ。
努力家だと思われたい、と。

実際、僕は常日頃から心がけてはいるのですけども。
それが僕の口から出てくる時点で、まだまだなんでしょうし。

では、こう言った情報発信する機会がなければそもそも言わないのでは……と言われると。
言わないですが、数多のネタが存在する中でこの話題を選んだと言うことは……とも、思うわけで。

僕はまだまだ、至らないってことなのですよね。
たかだか、10000日ちょっとしか生きていない青二才はその程度なんでしょう、きっと。

とか言いつつ。
どの年代の人間でも自らをその程度かと思う人が多いと言うのも知っているので、若造だからと卑下するのも的外れではあるかと思うのですが←

なんて。
しかしながら、こんなことも思わずにはいられないのですよ。

自らが至らないと言う自覚があるからこそ。
進歩をしたいと思い、そのためのことを考え、行うのだろう、と。

とあれば。
僕は一生、至らないままでいいのかもしれません。

いくら努力しても、埋められない穴があって。
それでも僕が現存するうちにできる限りのことをしておこうと言う負けず嫌いを維持するためであれば、それも乙だろうと。

そのためにできることは、今後もしていきます。
来年も、それ以降も、場合によっては急にこの世から退場するその瞬間までは。

……つまり、いつも通りですな←
よし、こうやって無限ループでもしますか()

なんて。
では、この辺でお開きにしようと思いますが。

うむうむ。
よいお年を。
posted by バロック at 00:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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