ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2017年09月11日

雑念を整理するように

この世に無関係なことがないんだろうな、と気付き始めたのは。
いつの頃だったかな、なんて今、思っています。

初めて会った気がしない人に、よく出会うのですが。
思えばそれって、変な感じなのですよ。

今まで会ったことがないのは事実なのに。
どこかで色んなことを語り合っていたかのような−−そんな、感じがしてくるのですから。

こう言ったデジャビュは、よくあることなのに。
何度も経験しても、かなり新鮮なんですよね。

もしかしたら、こうした新鮮に思うジャメビュと言うのは。
デジャビュとかなり似ている−−と言うか、表裏一体のところがあって。

その区別なんて、その人の気分次第なんじゃないかって。
そう、思うようになってきたのですよ。

そして、その区別の根底にあるモノは。
結局のところ、その人の人生経験に他ならないのかも……なんて。

それがいいことか、悪いことかの区別なんて。
その人がどう生きてきたかで、変わってくると思うのですよ。

みんなと同じにすることがいいことなのか、悪いことなのかとか。
自分のしたいようにすることがいいことなのか、悪いことなのかとか。

どこかで齟齬が生じたときに。
じゃあみんなが赤信号を渡るのはいいことじゃないけども、遠足のときに一緒に行動するのはいいことだとか。

独りになりたくて誰のこともみんな拒絶して塞ぎ込むのはよくないけども。
ひとりになりたくてみんなと距離を置いて内省することは、いいことだとか。

なんて。
その人が、どんな生き方をしたかで−−その選択の仕方は、違うんじゃないかなって。

2つに枝分かれした道が数え切れないだけあったとして。
じゃあ、左右それぞれ同確率で選ぶのかと言えば、それは違うはずなんです。

人の意思が介在するのであれば。
どちらかに偏ったりしても、仕方がないことじゃないですか。

分かれ道を選んでいるうちに、今までの主義主張を変更したくなることもあれば。
今までの主義主張を強固にしていくことだって、あるでしょう。

そして、区別をしていったときに。
左に行くか、右に行くかなんて−−なにも考えなくても無意識に−−気分次第で、選ぶようになっていくんじゃないかと。

だから、なんだと言いますと。
物事の捉えかたは、その人次第だよなぁって。

誰かが生きていることで、周囲がどう見えるかとか。
誰かがいなくなることで、周囲をどう見るか、とか。

昨日は、考えさせられることがあったので。
その記録として、いま、したためました。

さてと。
なんか、眠いんですよね−−少し横になってから、本業の準備をしようかな。
posted by バロック at 13:45 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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