ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2017年09月07日

哄笑の仮面

僕は、主にTwitterとFacebookでの露出が多いのですが。
文章を紡いで投稿をすると−−こう、思うことがあります。

あれ、僕ってこんな奴だったっけ。
なんて。

Twitterでも、Facebookでも。
思ったことをそのまま、曲げることなく伝えている筈なのですが。

投稿した直後に、自分自身の紡いだ言葉が周囲に投稿されたら。
僕って、こんなこと思ってたんだー……なんて、思うんですよね。

いや、編集している時点で気付けよ……なんて、自分自身にツッコミを入れることも屡々で。
ただ、書いているときはそう思っていたんだな−−と言うことを、なかったことにはしたくないのもあって。

そのまま、投稿することが多いんですよね。
まぁ、明らかな誤字脱字はその後に直すんですけども←

……んー、ですが。
やっぱり、そうやって投稿してから−−こいつ誰、なんて思うことがあるのです。

書いているときと、投稿が終わった後の僕が。
なんか、別の人のようで。

書いていた記憶はあるので。
人格が変わっているわけでは、ないのでしょうけども。

なんだか、不思議な気分なのです。
投稿が終わってから、書いている時の僕に対してこうべを垂れたくなるようなときだって、けっこうありますしおすし←

思えば。
僕は、場面によって性格が随分と違う気がするのですよ。

自宅と職場を往復するときなんかは、明らかに他の場面と性格が違いますね。
知らず識らず、呪詛を連発するのはこのときなので。

塾講師をしているときも、若干違います。
そもそも声が甲高くなっていて、自分でも気持ち悪いと感じるくらいです。

指導用に、作った声ではなく。
勝手に、そうなるのです。

家の中では、大抵落ち着いているのですが。
声がかなり低くなっていることに、気付きます。

他の誰かと会っているときは。
緊張する相手であれば、頭の回転がかなり遅くなってきて−−間抜けなことを言っている自覚が芽生えたりしますね。

そして、何かと話を合わせてしまっています。
気持ち悪いな、なんて思うんですよね−−僕の趣味じゃないのになぁ、なんて。

他にも、色々とあるのですが。
今は、これくらいにしておきまして。

少し、面倒なのは。
僕が性格を自覚的に切り替えているわけではない、と言うことでしょうか。

自覚して切り替えられていたら、寧ろなんの問題もないのです。
コントロールできるモノは、なんとでもなるので。

ただ、できないモノに関しては不安になるんですよね。
そのうち、羽目を外すのではないだろうか−−なんて。

性格……別の言い方で、キャラクター。
その仮面とも言えて、原義通りだと顔と言う意味の、ペルソナ。

それが僕の顔になってしまって、また別の顔にならなくてはならないとき。
果たしてコントロールできない状態で−−顔を剥ぐことなく、頭をもぐことなく−−別の顔になれるだろうかって。

そんなことを、思うわけです。
まぁ、そんなことはただの。

戯言、なんですけども←
posted by バロック at 15:01 | Comment(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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