ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2017年06月15日

成長と限界について

限界を設定することが、不毛だと思う僕がいて。
殆ど、そう言ったことには意識的に線引きをしないのですよ。

見た瞬間に、『これは今の僕には無理ゲー』と。
そう、思うこともあれば。

知覚した瞬間、『これは僕にしかできんな』と。
そう、直感で直観することもあるので。

別に、周囲から見たらよく分からないし。
僕の中でも、ふんわりとはしているのですけども。

そこはかとなく、明確に区別はしているようなのです。
まるで−−境目の、ように。

本日は、久々にネタがありますし。
少し、お話させてくださいな。

最近、思い付いたことが唐突に。
……最近の僕の文章のように唐突に、思ったことがあったのです←

えっと。
成長と限界って−−アキレスと亀みたいだな、なんて。

成長したら、限界が向こうに行ってしまっているのです。
これはもうダメだ、もう限界だ……と、またその限界に成長して近付いたら、その限界が先に行っているのです。

アキレスが亀と徒競走をして。
その時点で亀がいたところにアキレスが追い付いたのに、亀がその先を走っていて。

延々と、追い付けないような。
−−まるで、亀には永遠に追い付けないような。

なんだか、成長と限界についても。
同じようなことが、言えそうだなぁって。

何となく、思ったのですよ。
だって、すごく似てませんか?

成長したら、限界は向こうに行っているでしょう。
K殻が電子で埋まったら、L殻、M殻、N殻……と、順次移行していくように(化学ネタ)←

(今回のは思い付きなので、たまに出てくる用語の説明とかはしないかもしれません。リクエストがありましたら、いつか書きますゆえ)←

アキレスは、散々走っても。
先んじて走っている亀には、追い付けないでしょう。

成長を、アキレスと見立て。
限界を、亀と見立てると。

−−凄まじい成長を見せても、限界はまた先へ進んでしまっていて。
そのときの限界へ、またそのときの限界、そのとき……とやっても、延々と鼬ごっこをする羽目になる気がするのですよ。

それって、ある意味−−希望のある話で。
意外と、限界ってないんじゃないかなって思えるわけです。

レディーガガも、限界については言及していて。
そんなのは最初から存在していなくて、あると思い込んでいるだけだ−−と。

10年前くらいにそれを初めて知って、至言だなと僕は思っているわけですけども。
まぁ、それは置いておいて←

ただ、この話を整合性のない語りで申しておいて申し訳ないのですが。
『アキレスと亀』は、数学で言うパラドックスなので。

実は、矛盾しているのです。
だって、アキレスが亀に永遠に追い付けないのであれば−−徒競走に於いて、誰にも追い付くことができないことになってしまいます。

僕だって、普通に前を歩いている人を追い抜きますし。
……マウンテンバイクに立ち漕ぎしている人すら、ママチャリで抜きますしおすし←

明らかに、間違っているのですよ。
アキレスと亀は。

じゃあ、成長と限界についてもパラドックスなのかと言うと。
……僕は、そこまで行くと……各々によるのかも、なんて思うのですよ←

なぜかと言いますと。
『アキレスと亀』には、客観的で物理的なモデルが存在しますが−−『成長と限界』については、客観的で物理的なモデルが存在しないのです。

前者は、アキレスと言うキャラクターが固定で存在し。
亀なんて、探せば日常に於いてすぐに見つかるじゃないですか。

そのまま、アキレスを召喚することは難しくても。
すごく足が速い人を用意して、『こいつはアキレスと言う名前で今から亀と走るのです』と言うことにしてしまうのです。

そうすると、実際に。
徒競走をすれば……そりゃあ、その、すごく足が速いアキレスは……亀に、追い付くわけですよね。

すごく、見た目でも分かり易く。
アキレスと亀が間違いだと、分かってしまうのですよ。

じゃあ、後者の。
……えっと、『成長と限界』はどうかと言いますと。

成長を用意してください、なんて言われても。
何を持ってくればいいのか分かりませんし。

限界を用意してください、なんて言われても。
やっぱり、何を持ってくればいいか分かりません。

実際に、持って来られる人がいたとしても。
それを客観した際に、万人が『そうだねっ!いかにもそれが成長で、あれが限界だ!』と、言うだろうかと思うのです。

……んなわけねぇ、なんて僕が思うのは。
主観、なんでしょうか←

つまり、客観的に物理的な適当なモデルがないのが。
成長、そして限界なんですね。

これって、すごく夢のあることだと思うんです。
勝手に、自分の中で−−成長と、限界って−−自由自在に、してもいいってことなのですから。

成長したい自分を思い浮かべて、それに邁進し。
それ以上は無理だろうと思っても、そこまで成長したら次の舞台に進むこともできるんですよ。

それって、最初に設定した限界がまた、先のところへ行ったと言うことで。
ほら、やっぱり−−アキレスと亀みたい。

きっと、アキレスと亀がパラドックスになったのは。
客観的に物理的なモデルを用意、できるからです。

定数が−−ないし、確実に変域が特定できる変数があるからこそ。
絶対にイコールで結ばれてほしくないモノが並列することが分かってしまうから−−アキレスと亀は、間違っているのだと。

では、成長と限界はどうかと言うと。
パラドックスになるかも、しれません。

ですが。
ならない可能性も、十二分にあるのです。

誰かにとっては、限界は明確に固定されていて。
成長はそこでどん詰まりだとしか、思えないかもしれません。

その、誰かにとっては。
成長と限界のそれは、パラドックスなのです。

ですが、別に。
客観的に物理的なモデルが存在しないのに、勝手に固定して−−言うなれば、主観の限界を設けるなんて馬鹿げているな−−と、思う人であれば。

成長と限界が、決してパラドックスではないと。
そう、結論づけるのではないかと思うのです。

そして、僕がこうやって思い付いたことで。
僕が、これからも成長していける人間だと、理解できてしまったので。

もっと努力を重ねないとって。
それを実行に移す素質が僕にもあると自覚できたことが、あまりにも嬉しくて。

思わず、昨夜は。
ふわふわするように−−ぼぅっと、してしまったのです。
posted by バロック at 13:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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