ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2017年02月14日

濁流のごとく

今回のブログ記事更新は。
言葉が堰き止められることなく、出てくる程度に。

慣らすことを目的に。
書き連ねています。

面接会場に出向いた際に。
人見知りを拗らせた失語症もどきになっていると、たまったモノではないですから←

恐怖心をなるだけ抑制して。
挙動不審にならないように、気を付けながら。

−−おかしいな、と思いますね。
周囲が薄暗ければ、こんなことが起こらないのですけども。

頭の中が、パニクっているのでしょうか。
昨年の冬までは、こんなこともなかったでしょうに。

ただ、分かることは。
僕の未知への情報処理能力が、至って弱いことでしょうか。

分からない、と言うこと自体が耐えられないですし。
それが複数集まると、ほぼ全てのことが手付かずになってきますね。

にも拘らず。
既知のことには、殆どストレスがかからないので。

だからこそ、僕は。
もっとこの世を知りたいのだと−−何の気なしに、悟るのです。

この世は、生まれた当初から。
僕にとって、苦痛なモノでしたから。

知らないことは、僕の寿命を確実に縮めます。
……正確には、知ろうとしても分からないこと、でしょうか。

僕にとって、ストレスなことは何よりも邪魔で。
僕のやるべきことややりたいことを全て手付かずにするには、充分なくらいの害毒だからです。

だからこそ、この世を知りたいのだと思います。
そのような害毒は−−僕の気のせいかも、しれないからです。

阿片でさえも。
その果実を削って出てきた汁にはモルヒネが約10%分、含まれるそうです。

精神医学マニュアルに於いて。
中毒性や依存性についての全ての項目に、“×”が付いているようなモノにもです。

見方によっては、薬になると言うことでしょう。
絶対悪のように見えて、利用できるモノもあるのです。

そう、考えると。
僕の未知に対する害毒についても−−何か、自らの成長のためには必要だと言うことにもなると。

そう、思うのです。
だから僕は未知から逃げないのでしょうし−−僕自身、それが薄々分かっているからこそ。

こうして、引き籠ったり。
勝手に海へ飛び込んだりせずに、生きてきたんだろうなぁって。

つまり、何が言いたいかと言いますと。

確かに、転職活動に於いて。
この先、自分自身がどうなって行くか−−と言うのは、未知の範囲です。

就職したい業界は、決まっていますけども。
そう言うことではなく−−もっと、本質の話で。

僕自身がこれからどうなっていくのか。
と、言うことです。

何しろ、未知と言うのは。
僕にとって、何ひとつ分かっていないことに等しいですから。


『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』


−−と言う絵を描いた、ゴーギャンと言うポスト印象派の画家がいました。
彼は上記の長いタイトルの絵を、遺書がわりに描いたそうですが。

彼の絶望は、どこから来たのでしょうか。
まるで、次の世界に向かうことを許容してしまったかのような。

彼は、カトリックの筈ですから。
自殺は禁忌の筈ですが−−彼にとっては新天地のタヒチで、何を思ったのか。

かなり、気になるところだったりします。
僕にとって、生きることと死ぬことは−−この世の事象に於いて、一番興味深く。

一番、分からないことですから。
−−ゴーギャンは、あの後……自殺が未遂で終わったから、いいものの。

僕が今の未熟な精神状態で、彼と同じ境遇になったら。
確実に、死ぬよなぁ……と、思うので。

とにかく、これ以上は揺さぶられないようにしようと。
そう、思ってやみません。

−−よし、なるだけ言葉が滑らかに出るようになりました。
あと30分ほど頭にインプットして……面接会場に、向かいます。



……それにしても。
最近の僕は、素っ気なく思われてないでしょうか。

相手の目線に立つことが、ときにはとんだ誤解に繋がることがあると。

ここ数ヶ月で、理解できたので。
ここはひとつ−−自らのことに、より真剣になろうと。

そう、思って行動しているのですけども。
向こうも気を遣ってくれているのが分かるし−−これもまた、乙でしょう。

と言う、独り言。
posted by バロック at 10:05 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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