ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年12月14日

勉強魔、再び

またもや、勉学に嵌った模様。
知の探求が、楽しくて仕方がありません。

故きを温めるも。
新しきを知るもーーやはり、面白いモノなのです。

僕の教え子で。
だいぶ、倦怠期を迎えている子もいるのですけども。

なぜか、そうなった状態であると。
なおさら、僕の学習意欲が増大してしまうと言う←

……いや、僕にはもとからそう言った欲があるのですけども。
と言いますか。

教え子の言う、『勉強』とは。
周囲がーー勉強をしていると認めるようなモノでーーそう言った勉強をしたくない、と言うことのようでして。

知的好奇心を満たすことや。
自らの開拓領域を広げていくことにつきましてはーー吝かでは、ない様子なのですけども。

少し、心配だったりもするのです。
僕自身ーーそんな時期が、あったりなかったりしますから。

99%の人間は、それを理解しません。
今の日本にいる限りは。

そもそも、勉強が。
机に向かうことのように、思って疑いません。

そうじゃないだろう、と言う人もいますけども。
じゃあ、他の人にどうやって伝えているかとかーーその人自身、どうやって育ったかとか。

実際に、そう言った勉強をして。
結果が出たのか、とか。

色々と、鑑みると。
別に大してそんなこともない、と言うこともあるのですよね。

僕は、実際のところ。
机に向かって勉強することがーーここ最近は、少なかったりします。

腰が疲れますし。
むしろ、歩いているときやーーベッドの上で、寛いでいるときに勉強していたりします。

立ちながら勉強することも、至福なのですよ。
僕にとってーーいちばん、集中できる体勢ですから。

なんて、思うわけですけども。
実際に、そうやって勉強している人とは……と。

別に、人と対話して学習を進めることだってよいのです。
と言いますか、僕の職務がまさにそれですし。

問題を解かせるよりも。
よほど、対話するほうが頭を使いますし。

紙面では、どうしても。
勉強した気になってしまって、仕方がないモノですから。

……紙に書かないと勉強したことにならない、と言う人もいます。
対話では、何も残らないーーと。

記録を残すことは、ただの作業じゃないですか。
結局はーー勉強の際に行った思考の、再現性の有無が大事なのだと僕は思うのです。

また、同じ思考ができるかどうか。
杓子定規にならずに、応用が利くかどうか。

これが、重要だと。
僕は、常日頃から思っているわけでして。

『習ってない』とか、簡単に言わないでほしいな。
なんて、思ったりもしますねーーその子の、程度にもよることではあるのですけども。

なんて。
じゃあ、その教え子達は……どうかと、言いますと。

分かっている子が少数名と。
分かっていない子が、大勢ーーと、言うところでしょうか。

分かっているからと言いましても。
まだ早い……と言うのが、本音だったりもするのですよ。

考えモノなのです。
もうちょっと、心身が成熟した状態でその境地に達さないとーー『じゃあ、やめよう』となることも多いですから。

敬遠することが、多くなってしまうのです。
躱すわけでも、攻撃するわけでもなくーー逃避することが、主になってしまうかのような。

ですから。
僕は、このーー教え子の現象を。

このように、捉えています。
防衛機制の一環だと。

これはこれで、心身が成熟した証拠なのですけども。
まだ早いですよ、やっぱり、その境地……と。

そう、考えるような。
今日、この頃なのでした。


posted by バロック at 01:54 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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