ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年11月10日

自己分析と回想に基づいた個人的所感と自戒

『人間失格』ですが。
太宰治の代表作と言っても過言ではない作品のひとつですね。

主人公の葉蔵(ようぞう)と言うのがいて。
どうやらそれは、太宰治本人がモデルになっているようだーーと、言われているのですが。

『人間失格』の、葉蔵は。
なぜ、その物体があるのか理解できないとか。

なぜ、人がそう言うのか。
そう思うのか分からないーーと言った、描写があるのですけども。

僕自身、そう言ったことが多いのですよ。
相手の気持ちがよく分からないときも、多くあります。

客観的事実と。
そのときの流動性に富んだ情報や、自らの経験則で考えることのほうが多いです。

ゆえに。
あんまり、周囲の感情に流されることもないのですけども。

葉蔵はと言うと。
自分自身の感情には、敏感なようにも思うのですよ。

入水自殺にしても。
自らの行動原則がたいていの場合、その対象に対する嫌悪だったり。

なんて。
僕は、『人間失格』を読むとーー思うのですが。

あなたは、そう言った人間のようだと。
指摘されたことが、あるのですよ。

たくさんの情報を提示して。
オープンにしているように見えてーーぼんやりとしか、見えないと。

以前、お話したとおり。
そのひとりが、“桃の国の姫”なわけですけども。

未だに。
なぜ、分かるのかとーー思うことも、しばしばあります。

僕の知っている、人は。
何かにつけて、鈍感なモノだったのですけども。

僕よりも早く気付く人なんて、今までにほぼいなかったですし。
気付いたとしても、正しく解釈をすることのできる人なんてもっと、少なかったですし。

姫の場合は。
そう言ったことを、すぐさま指摘してきた人でした。

葉蔵の場合は、絶対服従にも似たことをしたり。
これ以上知られないように、なんて振舞ったりもしてーー恐怖を抱いているようでしたけども。

僕の場合は、どうなのだろうと。
そう、考えてみると。

相対的に、服従しています。
むしろ、僕の方針はーー自らの行動原則に反しない限りは、「いえす」と言うことですから。

ですが、恐怖は感じていません。
僕の場合は、それを喜んでいる節があります。

僕は、知られたいのかもしれません。
閉じ込められてきた衝動が、噴き出してきているのかもしれませんね。

制御できなければ、いけませんし。
そのための努力を、惜しむつもりもないわけですけども。

これは、別の人の話で。
そう言ったとき、少し過ることがありまして。

いざ、放出した際に。
壊れてしまったら、どうしようーーなんて、自分自身を押さえることも多かったのですよ。

実際、少し放出してしまった際に。
その人自身が、離れていくーーと言うことが、非常に多かったので。

様々なことに奥手になっていた時期が。
僕にも、けっこうありました。

姫についても。
同じことを、思うことがあってーー最近は、止まらなくなることもあるのですけども。

桃の国の姫は、受け止めてくれるのですよ。
よく、こう言った厚意に揺さ振られるのです。

本当に、いいのだろうかと。
でも、たくさん吐露したいーーなんて。

ここ最近は、後者で通しています。
どんなに疲れていても、明日以降の活力になるのはーー不思議な、モノなのですけども。

僕は、姫のことを支えているのだろうか。
負担になっていないだろうかーーと、思う日も少なからずあったりして。

そんな、疑心暗鬼さが。
本当に葉蔵みたいだなーーと思う、今日この頃なのです。

……あ、別に。
こう言った、自己嫌悪にすぐに陥る性質がみな悪いと言うわけではないのですよ。

自己分析に、使えますし。
気持ち悪くなった際は、僕のやりたくないことだーーとか。

ところが。
それで人を傷付けては、元も子もないですゆえ。

少し、自制していかなくては。
さもないと、全てを失うぞーーと。

自戒を込めて。
したためました、マル←

posted by バロック at 22:43 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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