ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年10月15日

自己観察録

サイコパスについて、考えてみます。
相変わらず、何の資料もなしにブログ記事を更新しますゆえ。

きっと、実際の資料と異なるデータも含まれると思うので。
楽しむ程度に読んでいただけると、幸いなのです。

さてと。
こんなことを言っては、なんなのですけども。

『サイコパス』と言うと、先天性の犯罪形質を持った人と言う感じで。
『ソシオパス』と言うと、後天性の犯罪形質を持った人と言う感じと。

僕は、認識しているわけなのですけども。
ときたま、思っていながら最近はよく思っていることがありまして。

僕はきっと、後者のーーソシオパスのほうだとーー思っていたわけなのですよ。
何かと生粋のエゴイストで、手段を選びませんしーーよく、残酷な言動をしますから。

昔は、そうじゃなかった筈ですし。
なんだかんだで、感受性の高い人間だったのでーー先天性ではないのだろう。

なんて、思っていたのですけども。
最近は、違う気がしてきたのですよ。

僕は時折、無感動になります。
そして急に激情に駆られ、思考上の対象に八つ当たりすることもあるのですよ。

実物に当たらないのは、ただ単に。
そうしてしまうと、足がついてしまうからやらないだけだ……と言うことに、気付いてしまって。

そこから、ずっと頭の中に嵐が吹き荒れている状態でして。
シュトゥルム・ウント・ドラングとはまさにこう言うことだとも、思うわけですけども……そんなことは、置いておきまして。

えーっと。
よく、犯罪形質を持った人間には。

良心の欠如が見られる、とか。
心を傷めない、とか。

言われるには、言われるのですけども。
……いや、僕も心を傷めますよ。

それは、もちろんですよ。
身内限定ですけども←

それ以外には、かなり冷酷な態度に打って出てしまうのですよ。
場合によっては、排除することばかり考えるのです。

それに、幼少期に何回か言われたことがあるのですけども。
あなたに心と言うモノはないのか、と。

実際は、ありますし。
その人達が『思いやり』のことを言っていると言うのも、分かるのですけども。

思いやりは、ありますよ。
どうでもいいと思っている人には、ないですけども←

だからこそ、僕は人を嫌いになってはいけないし。
森羅万象について、無関心ではいけないのだ……と言う、固定観念を抱いているわけなのですけども。

諸刃の剣だと、思っています。
いいように作用することも、ありますから。

身内には、きちんと優しくできますし。
一入、守りたいとも思えますし。

ただ、それと言うのは。
エゴイズムの具現ではないのだろうかと、それだけが心配だったりするのですよ。

もちろん、これは一長一短なので。
あまり考えすぎるのも、よくはないのですけども。

こんなときに。
自分の個性を呪うことが、あるのですけども。

恩恵も、かなり受け取ってしまっていますし。
少しは、与えてきたのに対して奉公しないといけないのか、なんて考えたり。

もちろん、それは間違いですけども。
封建制度は、崩れる定めですし。

なんだかんだで。
僕は、どこかに仕えてはいない筈ですから。

とか言いながら、ときたま囚われるようになってしまうのは。
あくまで、僕の定義する御恩と奉公は自己完結していると言うことなのかも……なんて、思ったりもしますね。

そんな妄想を、してみました。
僕が、サイコパスなのかどうかの話ですけども。

今のところは、保留にしておきますね。
ですが、まぁ。

良心と言うモノが、最初から備わっていたのだと。
いちおう、信じることにしましてーー今回は、この辺にしておきますね←


posted by バロック at 22:04 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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