ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年10月04日

パラレルワールドとは

パラレルワールドについて、ひと昔前に妄想したことがありまして。
それを、何の気なしに書いてみます。

何を言ってるか、さっぱり分からない感じで書きます。
まぁ、このカテゴリは『戯言』ですから←

……さてと。

こちらの世界をαとして、向こうの世界をβとすると。
僕が正味、αとβに存在するわけですけども。

βにいる僕を、αにいる僕は「ドッペルゲンガー」と思っているわけでして。
向こうから見ると、同様に見える筈なんですよね。

僕が向こうを認識し。
相手もこちらを認識するとき、実のところ−−世界がなくなっていると、言えるようです。

αとβは、並列しているわけですけども。
それらを繋ぐ、扉のようなモノがあるらしく。

それが開いたら、どちらの世界も重なり合って。
ゼロになってしまう、とのことです。

つまりは。
αがプラスで、βがマイナスと仮定すると。

どちらの世界にいる僕も、絶対値は同値なわけで。
それでいて且つ、符号が違うと言うことでもあるので。

同様に世界も逆位相であって。
重なり合うと。

α+β=0

と、なるのですよね。

であれば。
扉が開くとゼロと化すのは、そうですけども。

ドッペルゲンガーを僕が知覚する、と言いますか。
目の前に現れると言うのは−−扉が開いている、と言うことですから。

まぁ、この世の終わりなんでしょうなぁ。
なんて思ったわけなのです。

……で、妄想を広げますと。
扉は、個々人の中に存在すると思うのですよ。

認識論の話なのです。
我々が知覚しているモノは、脳の錯覚に過ぎないのですよ。

触れるモノも、見えるモノも、聞こえるモノも。
匂うモノも、味わうモノも。

実際にそれが起こっているとは、言えないわけです。
脳は、都合よく書き換えていきますから。

何が言いたいかと言いますと。
この世の終わりと言うのは即ち−−その人個人の終わりと言うことと同じである、と言うことです。

自らの扉が開いたとき。
(自らの)世界がゼロになるのではないか、と僕は思うのですよ。

もちろん、妄想ですけども。
そんな気がして、仕方がないです。

じゃあ、なぜ。
αとβで逆位相になるか、ですけども。

これも、妄想ですが。
自身を2乗すると片方の数値に、その片方の数値を2乗すると元に戻るような複素数があったような。

……なんでしたっけ。
(-1±√3i)/2だったような。

我々は、そんな存在なんじゃなかろうかって。
そう、思ったのですよ。

あくまで、僕個人の話ですけども。
僕の中では、これで納得の行くところなのですが。

まぁ、妄想ですから。
……しゅーりょー

posted by バロック at 23:46 | Comment(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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