ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年10月02日

M to L

音楽が好きです。

流麗に流れる調べも。
ギミックに凝った、パーカッショニズムも。

楽器があっても、なくても。
不協和音でなければ、大好きなのですよ。

音楽を習得した人間を。
僕は境遇上、よく知っていますし。

そんな環境で、育ったからか。
何ひとつ大成した状態でもないクセに、耳だけは肥えてしまっていたりするのです。

よく見知っていない人が『巧い』と言う、その人の音楽を聴いて。
共感できることが、ほぼなかったりもするのですよ。

ラポールが築けていない、と言うのもあるのでしょうけども。
それなりに、こちらの境遇で出会ってきた人間の音楽性がよかったゆえ−−普通だと、感じてしまうのかもしれませんね。

音楽は、ひとつの指標となり得ます。
魂から発せられる波長の共鳴具合が、ある程度−−間主観的に−−分かるための物差しになると、思えるのです。

音楽性がぴったりの人間と、そうじゃない人間で。
どちらとセッションを組みたいと思えるかを考えると−−自ずとその答えは、出ますよね。

ゆえに。
僕は、相手と合うかどうかを−−相手の音楽性から見出すことも、あるのです。

もちろん、参考にするだけなので。
完全一致などは、考えてもいないわけなんですけども。

それだと、波が大きくなるいっぽうなので。
互いに暴走した際、制御不能になってしまいますゆえ。

その際に、片方が。
上手くボケないと、いけないと思っているのです←

……えっと。
逆の波長にならないと、打ち消し合わないので。

そうしないと、先程も申しましたとおり。
暴走して、互いにダメになってしまいますゆえ。

つまり、何が言いたいかと言いますと。
一方が常識派で、もう一方がマヌケのような凸凹コンビでも別に、成立するということなのです。

この世の、結ばれる人種を見ていて。
なんでこんなまるで違う人達が……と、言う人が後を断ちませんね。

まるで違うからこそ、いいのだろうと。
僕は思いますし−−それでも、根本で共鳴できる人だから−−互いの合意で、結ばれるのだと思うのです。

相手の趣向(この場合、音楽性)に同調できないまま、結ばれようとするのは。
著しいほどに、非論理的だなぁと、思ったわけなのですよ。

音楽性は、論理性に帰結します。
−−Musicality to Logicality.

posted by バロック at 17:47 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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