ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年08月17日

肯定も否定もしない主義

普段から、肯定も否定もしないで生きています。
両者の要因となるモノが、どちらも同等に思い浮かびますから。

偏るなんてことが、そんなに起こらないんですよね。
ゆえに−−相手が訊いてくることによって、答え方が変わってきたりもします。

あくまでも。
【答え】ではなく、【答え方】がですけども。

それをよく−−八方美人、なんて勘違いされますね。
それは人によって答えを変える人だろうが、なんて思いますけども←

根本に相当するモノは、決して変わりません。
僕が肯定も否定もしないのは−−考えがないからではなくて、考えがあるからなんですよ。

すべて中和されて、プラマイゼロになっちゃうんです。
でも、それをイオンに分解すること自体は−−吝かでは、ないのですよ。

もちろん、そんなときは。
肯定的要因と否定的要因が、それぞれ別個で存在していたモノとは−−異質なモノには、なっていますけども。

それって、当然ですよね。
盲目的に肯定したり、同じように否定したりしたモノよりも−−上手くカクテルされていたり、そこから抽出されたモノのほうがいい。

だからこそ。
僕は敢えて、ひとつの物事しか見えていないときに−−早急に、結論は出しません。

それが、誠意だと思っています。
僕自身が不完全だと自覚しているからこそ−−それを、心がけていますね。

他の人に、それを促すわけではないですし。
偉そうに言うなんて烏滸がましいことですから、そんなことをするつもりもないですけども。

色んな人を見ていて。
先を急ぎすぎて、すぐに−−間違えた答えを彼らはよく、出している気がするんです。

あとの条件を満たしていないのに、答えを出しているような。
ただの直感だけで行動しているような。

そんな印象を、受けることがあるんです。
僕が認識する世界だけが、歪んでいるだけ−−なのかな、なんて思ったりもしますけども。

なんでみんな、考えなしなんだろう。
なんて、見ていて思うことも多いです。

停滞していて、何が楽しいのって。
それで不安になっていたいのって。

そんなことを、思い続けて。
吞み込むことも、面倒になってきたからこそ−−『ルーン使いの言の葉』を始めたのも、あるんですよね。

最近は、主張もかなり減って。
丸くなったブログ記事ばかり、ですけども。

それは、もともと。
肯定も否定も、しない主義だからですね。

僕がそれをしたところで。
それは僕の主観に過ぎないですもん−−この世の中にとって、瑣末なことにしかならないじゃないですか。

もっと、クリティカルに打ち込めるところがあるのに。
それを狙撃しないで、そこらへんに乱射するなんて−−リソースの、無駄なんですもん。

ですから。
僕って、かなりニュートラルに物事を見ているきらいがあるかも、なのです。

他の人であれば、感情的になるところでも。
僕はどこか、フラットにやってしまうんです。

もしかしたら、ブログ記事を読んでいて。
恐いと思うかたも、いらっしゃるかもしれません。

それでも、読んでいただけるのであれば。
これほど、僕にとって−−幸せなことなど、ありませぬ。

posted by バロック at 11:59 | Comment(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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