ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2016年02月10日

ごめんね

−−96猫さんの『MOTHER』を聴いていたら。
タイトルが、これしか思い浮かばなくなりました。

誰に、謝ったのでしょうか。
素直に言葉にしたら、それが謝罪の言葉なんて。

僕、どうしたんだろう。
いつも、こんなときは−−感謝の言葉が、出るのだけども。

よく、考えさせられます。
僕の人生の軌跡が、どちらを辿ってきたのだろうと。

謝罪の道か。
それとも−−感謝の、道か。

できることを、着実にやってきただけな気がします。
やるべきことを、やってきただけな気もします。

ですから。
僕はきっと−−まだできる、と。

暗示を、かけ続けていたわけでして。
教室を閉める際にも、しんがりの教え子に。

『できる』とか『できない』とか、そんなのは錯覚だからと。
だったら、前者を信じるべきで−−そうしないと、成功確率は目減してばっかりだ−−と。

僕、教え子に言ったんでしたね。
……模範に、なってきたでしょうか−−僕は。

まだまだ、至らないですけども。
僕についてきた教え子は、最後まで見届けます。

道を踏み外しそうになったら、手を取ります。
『こっちだよ』と、道を照らします。

僕は、そう言った人種です。
教育現場にいながらにして−−教育モデル否定論者です。

……と、言いますか。
色んな人が、モデルが存在すると−−そればかりに、固執しますね。

僕にはそれが、理解できない。
医師が医学モデルのみで動く意味が、分からないですし。

福祉者が、福祉モデルのみで考える意義が、分かりません。
心理士が、心理モデルでのみ動く理由も同様に。

……そもそも。
多くの人間が、『大学に行くことって必要ですか?』と言う言葉の意味を、勘違いしすぎです。

それは、中卒や高卒でいいと言うことではありません。
大学に行ってまでやることは、結局のところ独学ないしそれ以上のコストパフォーマンスのもとで実現可能だ−−と、言うだけのことです。

勉強をしない人間、学ぶ意欲のない人間に。
世間が冷たいなんて、当たり前じゃないですか。

−−僕の教え子には、そう言った愚かな選択をしてほしくない。
とは、僕ですら思うくらいですから。

やるべきことは、すべきです。
何が何でも−−です。

……なんて。
こんなに熱く喋ったのは、久々ですね。

多分、疲れているんでしょう。
まぁ−−だからこそ、こう思ったのでしょうか。

ごめんね、と。
また明日、お会いしましょう。
posted by バロック at 02:55 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: