ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2015年06月03日

順応不得手、適応不可能

僕の専攻は、心理学なので。
『順応』と『適応』は、社会学とは定義を真逆に捉えていたりします。

順応は、意識することなく馴化すること。
適応は、意識的に馴化することーーと、僕は認識しております。

基本的に、自発性のあるモノを推奨する分野がーー僕の専門に近いですから。
僕自身は、『適応』が大事だと考えるわけーーですが。

何を隠そう。
僕は、順応が苦手な上にーー適応なんて、論外としてしまいたいくらいにできなくて←

知らないうちに、溶け込んでいることはあるんですけども。
こちらから自発して動くと大抵、異分子と化してしまうんですよね。

せっかく、グループに入っても。
遅かれ早かれ、僕自身が『なんか違うな……』と、思い始めることが多いです。

恐らく。
これは、僕の勝手な予想なのですが。

僕自身が、個人戦を得意としていることに。
関係があるのではーーと、思ってまして←

集団戦は、基本的に好みません。
いや、必要に応じて集団戦もできるのですけども。

セミナーや、懇親会の席にいると。
それが始まった瞬間に、大体の骨子が見えてきます。

個人的に、入り込んだほうがよさそうだとか。
この集団は、僕のいるべき集合体じゃないーーとか、あれこれ考えたりするのです。

もちろん、彼らが迫害するからーーでは、ありません。
僕自身が、集団に慣れてないだけです。

ーー社会心理学では僕、A+で単位を採っていますが。
分析することに長けてしまって、溶け込むことにはなかなかーーと、言ったところがあります。

そんな僕が、順応ーー及び、適応とはーーと、思うわけでして。
いや、何ソレ無理ゲー……と、思うわけです。

グループワークなんかしてしまったら。
相手の矛盾を見つけてしまって指摘しーー結局、僕の案が通ってしまうなんてことが、殆どですし。

討論会なんてやってしまったら、悲惨です。
ブレーンストーミングの段階でしたらOKなのですがーーいざ、議決となると。

僕はついつい。
相手を言いくるめてしまうきらいが、あるのですよ。

ーーなんだかそれって、虚しいんですよね。
拍子抜けも、してしまいますから。

僕を論破してくれる人が、この世にはいる筈なのですけども。
彷徨うことが、多いですねーーそう言ったことに、関しては。

ですから、僕は順応が不得手ですし。
適応はーー不可能の領域、だったりします。

無理をしたら、できないこともないですよ。
ですが、自然体を欠いた順応ないし適応に意味はあるんだろうかーーと、思ってしまうのですよ。

ちょっとだけ、そうやって。
思考がグルグルと纏わり付いてしゃーなかったので。

こうして、ブログ記事にしてみました。
まぁ、この記事も残しておきましょう。

ーーじっくりと、じっくりと。
じっくりと。

向き合って、いかなければ。
そう、思っております。
posted by バロック at 15:26 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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