ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年11月13日

宿命

僕は、運命論者じゃないですし。
『運命』って言葉は、対して好きではないんですけども。

『宿命』って言葉については。
一考してしまう自分がいます。

僕の命って、いくつあるんだろう。
そう思えるくらいに、色んなモノに自らを投影して見てしまいます。

僕の命って、いくらあるんだろう。
そう考えるくらいに、色んなモノに心が動かされて、仕方ないです。

質量、でしたっけ。
質と量を兼ね備えたモノって、命にはあると思うんです。

何故か、人って。
自分の価値に重きを置いていないモノを過大評価して、自分の価値に重きを置くモノを過小評価しますよね。

僕は、そんなバイアスを、色んな人から感じます。
なんでそれが、どうでもいいこととして処理できるのだろう、なんて思うこともあります。

それがなくなれば、終わりなのに。
人はそんなモノを簡単に放り投げて、なんてことのないモノに執着して、自滅しますよね。

これも、英知を使う者の性、なのでしょうか。
だとすれば、なんて皮肉なことでしょうか。

もっと人間は、賢くなってもいい。
そして人間は、狂おしくなるべき。

……なんてのは、暴論なんでしょうね。
少なくとも、僕自身がとやかく言うような内容では、ないですね。

ちょっとした、20代半ばの戯言です。
とは言いましても、かなり本気では、あるんですけども。

さ、て、と。
宿命のお話、ですけども。

勿論、僕は。
命が有限であることを知った上で、お話したいんですけども。

寿命が長い人間は、某かの作品を遺した方がいいと思います。
そこに、命を、灯すように。

不完全燃焼でこの世を去っても、恨み辛みを遺して終わっちゃうと言いますか。
遺書を書かずに自殺しちゃうようなモノじゃないでしょうか、それって。

僕にはあんまり、理解できないです。
何も残さずに、自死を選ぶ人間の気持ちが。

――さっぱり分からないわけでは、ないですし。
それが狙いなのだろうかと言われれば、「そうじゃないか」と言うトコですが。

とは言いつつ、僕も“そちら側”にいたことがありますし。
知らない世界では、ないんですけども。

そりゃあ、ひっそりと死にたいことだってありますよ。
この世から消えて亡くなりたい願望に駆られた人間の妄執は、筆舌に堅くないですから。

……え?
まるで経験者のように言うって?

いや、ですから。
僕は“そちら側”にいたことが、あるんですよ。

とは言いつつ――ここで暴露するには至らないくらいには。
僕には瘡蓋が、できてしまいましたけども。

んー……でも、それはどうしようもないと言いますか。
消えて亡くなりたい、なんてことなんて、できるわけがないじゃないですか。

呼吸をしたなら。
命が宿ったことがあるなら――そんなの、足跡をベッタベタに貼っ付けたのと何も変わらないじゃないですか。

それで消えて亡くなりたいなんて。
虫が良すぎて、ダメじゃないですか。

だからこそ、やっと僕が言いたいことが言えるんですけども。
それは――

こうして生きている以上。
勝手に自分の価値を損ねたり、自殺したりしないでください。

あなたの命に価値がある――なんてことは言えません。
僕にはそれは、分かりません。

ただ、言えることは。
あなたの命は、あなたのモノであってあなた以外にとっては非売品でしかないと言うこと。

言われるまでもないことかもしれませんが。
あなたが守らないあなたの命になんて、誰も価値を見出しません。

是非、自信を持ってください。
あなたはこうして、生きているのですから。

少なくとも、『ルーン使いの言の葉』を読んでくださっているあなたを僕は、信じます。
今はそんな予定がなくても――そのときが来たら、思い出してください。

あなたの命、あなたの魂に。
声を掛けた――変哲で、偉そうな、若造がいた――と言う、ことを。

今回のブログ記事は、これで以上です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪
posted by バロック at 01:20 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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