ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年10月07日

フィーバーモード

今現在、午前1時20分を回ったトコではあるんですけども。
これを今書き始めてからどれくらいの速さで書き終わって、どれだけの文章量になるのかがちょいと楽しみだったりします。

さぁてと。
今夜は結構、夜なべがしたくてしゃーないので。

ちょいとパソコンを立ち上げて、色々とやっています。
非常にワクワクしていて、ちょいと子供じみた発言も目立つとは思いますが。

そこは若気の至りだと思って見逃していただけたらなぁと。
……いや、確かに精神年齢が43歳だってモロにバレてはいますけども――それだっていつも変動しているわけですし。

たまに10代に若返っても、誰も文句は言わないんじゃなかろうかと。
……そうであってほしいです。

さてと。
やっぱり最近、美味しいモノに目がないワタクシだったりします。

いやぁ、魚介が美味しいですね。
しかも野菜もそれなりに美味しいですし、お鍋を作ればいい出汁も出ますし――キタコレ、みたいな。

――そりゃあ、鍋が苦手な時期もありました。
熱いと、食べにくいですから――と言っていた時期もありましたが。

そのときは、新陳代謝が著しかったですからねぇ。
……いや、今もそれは衰えては……はは、いませんよ?←

魔の高校時代の頃から、鍋が大好きになったんですよねん。
多分、そのときが一番温かいモノに飢えていたから――でしょうけども。

今でも、温かいモノが欲しいとは思いますけども。
当時は――まぁ、病的でしたから。

それを両親のせいには、流石に僕はできないですね。
僕がそうなった99%以上の理由は父親にあったことは認めますが――原因は自分自身だと、思うようにはしています。

もしも苦し紛れな言い方になるなら、また父親を(憎まずに)恨むんだと思うんですが。
もう彼は、僕にとっては憐憫の対象でしかないので。

小学生以前から、自らの持つ知識を『常識』と言い張って「そんなことも知らないのか」と侮辱していた父親は、もうこの世にはいません。
僕が日々、歴史と経験で積み重ねた知識で、彼を消しましたから。

「自立した生活をしろ」と障害者年金を勧めてきた父親は、もうこの世にはいません。
僕の人生の一部分を強化したら、完膚無きまでに壊しちゃいました。

今の父親は、僕を虐げた過去に苛まれ、誰にも尊敬されずに、家族全員に蔑まれる哀れな乞食です。
お金を投資に使えずに、趣味嗜好にだけにしか使えない、独りよがりな畜生です。

――あぁ、何か日曜大工はしていましたけども。
彼の独断行動に基づいてやっただけのことで、誰にも認められていないのですから滑稽です。

その点では、認めてはいます。
今の父親はそれだけだ、と。

父親が今のところ、ここの家族の大黒柱ですから。
父親のネズミ根性を刺激するような発言は控えたいトコですけども。

どうでしょうね。
僕がこの家庭からいなくなれば、一家離散すると言う予測が僕には、つきますよ。

母親は、父親と一緒にいるメリットを感じていませんし。
父親は、経済的自立を促している張本人をなくします――つまり、根無し草と同列になります。

じゃあ、ばらけるんじゃなかろうかと。
そもそも僕、この家庭にずっといるべきではないんですよねん。

なんでかは、妄想なしでも言えますよ。
だって僕、この家にしかトラウマがないんですもん。

僕は近々、東京に出張に行ってきますけども。
もう、楽しみで楽しみでしゃーなくて。

と言うよりも、僕は単独行動で何度も県外へ旅に出ているんですけども。
そのとき、心がひたすら穏やかですからねぇ……

まぁ、ネットが使えないのがネックですけども。
本当に近々、タブレットが欲しいです(苦笑)。

と、思いながら。
今後、この家族がどうなるかを考えているわけですけども。

ここからは妄想になるので、流していただきたいんですけども。
僕が芥川賞を受賞するようなことがあれば、それは家族を糾弾するお話です。

多分、親族が読めば卒倒します。
父親は完全に、震えながら生きていくことになるでしょうから。

僕はそれを書くのが、とても楽しみなんです。
――まぁ、僕の寿命が減らなければの話ですけども。

これは半ば本気で言うんですけども。
僕って、長生きする気がしないんです。

――勘ですけども。
しかも、心安らかに死なない気がするんです。

それが何故か、は。
もう皆さんなら、読み取れたんじゃないでしょうか。

なんてお話をしたところで、終わろうと思うんですけども。
後味が悪すぎるので、何か別の口直しでも。

僕はこれでも、案外リアリストだったりします。
それと同時に、ロマンチストなんですけども。

現実を受け止めても。
美しくないと許せない、と言いますか。

この世に生きていると、僕が許せないことって家庭以外にもちょっとだけ、あるんですけども。
それでもこの世って、通常運転なんですよね。

今のところ、僕がこの世を去ったところで。
誰にも影響を与えずに終わる気が――いや、やっぱりしません(苦笑)。

それにはちょいと、社会に出すぎました。
人と接しすぎました。

ブログ記事を書きすぎました。
Twitterでツイートしすぎました。

ですから、きっと。
もう、僕が誰の迷惑にもならずにこの世を去ることのできる権利は、ないんだろうなぁって。

じゃあ、精々足掻いて生きようかなぁって思うわけで。
実存主義哲学が、ウパニシャッド哲学が、仏法哲学が。

もう、僕にそれを運命づけようと、勝手に動いてくれています。
で、基本的に僕は何か大きなモノからトドメを差されることを願っていますから。

だからこそ、思うわけです。
トドメを差す誰か(何か?)は、僕にそれをした瞬間に僕に敗北することになるなぁって。

だって、僕の望みはトドメを差されることなんですもん。
だったら、トドメを差した側は僕に利益をもたらすだけもたらして、ただ『殺人』と言う罪を被るわけじゃないですか。

それって、僕にとっては願ったり叶ったりなんですよ。
だって僕、そもそも呪う力は人一倍強いですから←

……いや、本気で言ってますよ?
僕の幸運のもとは、恐らく――不幸と瀬戸際の、呪いだと思います。

取り敢えずですね、根拠なんですけども。
僕に嫌われた人って、みんなろくな目に遇ってないんですよ←

それを論うことは、ちょいとやめておきたいんですけども。
僕に嫌われたヤツで、幸せになっているヤツっていたっけ……?

と言うくらい、僕はけっこう人を呪ってしまうらしく。
これに気付いたのは、中学3年生の頃でしたけども。

……その頃って、かなり多感な時期じゃないですか。
そこでモラトリアムを置いて、5年くらいじっくりと吟味したんですけども――やっぱり、結果は変わりませんでした。

僕を敵に回すと言うことは、そう言うことみたいでした。
みんな、不幸になっていました。

……じゃあ、僕は幸福になるのかー……と言えば、話が別でして。
いや、あくまで呪いですからねぇ。

人を呪わば穴二つ、ですから。
僕も結構、苦しみますよ。

これも、ひとつのカルマだとは思っていますし。
一番、僕の真理に近付いた大学の恩人がそこまで見抜けたかどうかは――いや。

あのかたは、見抜いている。
それは絶対的な自信があります。

それを知った上で、僕と大学で接してくださったと思えば。
いやはや、捨てる神あれば拾う神あり、ですよ。

まぁ、僕はあのかたを神格化しようとは思いませんけども。
んー……師匠だと思ったら「そう思うな」と仰っていたかたでしたから、神格化なんて論外でしょうし。

なんて。
まぁ、大学の恩人の話はこの辺にしまして。

どちらにせよ。
僕が楽になるときってのは、あんまり期待していないです。

多分、僕は。
自らの業を焼き続けながら――苦しみながら、これからも生きるんじゃなかろうかと。

だからこそ、平安を求めるんじゃないかなぁって。
宗教に属せば救われる――なんて、カルト信者や宗教初心者は思っていがちですけども、嘘じゃないでしょうか。

救われるように生きることはできるでしょうけども。
救われるのは、なかなか実現できないですよ。

――自分自身を救うも殺すも、その人次第でしょう。
誰かに決定された人生なのだとすれば、徹頭徹尾そうじゃなければその人は救われません。

そして、自我を持った人間は。
これからは自らの意志で生きていく――と言うことを決意して実行し続けられないと、救われません。

……断言、しちゃいます。
そうだ、と。

んー、信じるも何も、自由ですよ?
僕は別に、宗教法人を立ち上げる予定もないですし。

とは言いましても。
僕の今回のブログ記事、少しは核心を抉った気がしますけどねぇ。

皆さんは、いかがですか?
――決して、僕みたいにはならないでくださいね。
posted by バロック at 02:37 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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