ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年09月30日

かなしばり

本日、久々に金縛りに遭いました。
若干本気で、「このまま気が遠くなって死ねたら楽すぎるなぁ」なんて思いながら。

そして結局、僕は死ななかったわけですが。
だからこそ、こうやってブログ記事を書いているわけですし。

まぁ、金縛りが頻繁に起こっていた時期も結構、あってですね。
それが――中学生の頃だったでしょうか。

まぁあの頃は、色んなことを逃避したかった時期ですから。
さもありなん、と言うトコでしたが。

タナトスへの欲求が一番、強かった時期ですから。
エロースの比ではなかったです、ハイ←

あのときは常に、死ぬことばかり考えてましたね。
そんな、『黒事実』とも言える時期がやっぱり僕にも、ありましたよー

――まぁ、今でも。
誰か楽にさせてくれないかなぁ……なんて、あまりにも滑稽な幻想に囚われることもあるくらいでして。

もちろん、やることが山積みですから。
死ぬわけにはいかないんですけども。

そうやって懸命に生きていれば。
いつかは竹篦返しが来るんじゃなかろうか、なんても思っているくらいで。

とある、畏れ多いかたが仰っていたんですけども。
頭のいい奴ほど早く死ぬ、と。

僕自身がそんな奴だとは、あんまり思わないようにはしているわけではあるんですけども。
常に頭のネジが吹っ飛んだような人格を演じながら、僕自身がそんなに頭がいい人間じゃないことをアピールしたりもするのですが。

僕の本質はともかくとして。
実存は、道化ですから、僕って。

笑っていただくことが、実のところ。
僕の喜びで、僕の楽しみだったりします。

……あぁ、でもそれは。
僕自身が蒔いた種で起こらないと意味がない――と言うことは、付け加えておきましょうか。

さてと。
まぁ、金縛りなんですけども。

僕の人生に於いては、完全に統計が採れていたりします。
死に近付くと、僕自身はそうなるみたいです。

ですから、僕はこう想定するわけです。
天寿を全うした人間の死に際は、金縛りみたいなモノだろう、と。

安らか、とは言い難いですが。
案外、楽かもしれませんよ。

――じゃあ、天寿を全うしなかった際の死に際は、ですけども。
惨憺たるモノだと、思いますね。

余命、生きる筈だった熱量、は、どこに行くんでしょうね?
僕は多分、こうなると思います。

自らの身を。
劫火で焼き尽くす熱量になる、と。

……え、僕が地獄を信じているか否か、ですって?
んー、信じているかどうかは微妙ですけども(苦笑)。

あるんじゃないかなぁ……とは、思っています。
断定することは、できないですけども。

生きている間も、僕自身は地獄を経験していたりしますから。
じゃああの世にもあるんじゃないかなぁそりゃ、と言う考えです。

――別に、キリスト教を批判しているわけではないです。
あのような救いの教えだって、必要な人間が多いでしょうから。

んー……でもまぁ。
ニーチェの「神は死んだ」には未だに僕、吹き出してしまうんですけども(苦笑)。

ニーチェの超人思想は、大好きですよ。
僕の持論で、ヘーゲルとニーチェとサルトルの思想が実行できれば最強じゃないか、と言うのもありますし。

……あ、ヘーゲルは実存主義者ではないですけども。
僕は基本的に、ヘーゲルの思想は大好きですから。

彼の思想に出会う前は、本当に矛盾に出会った際に対処できなかったですからねぇ……
んー、まぁあの柔軟な撞着の対処をあとで、キルケゴールに批判されちゃうわけですけども←

まぁ、それはいいやって思いますし。
んー、奥が深いですね。

さてと、閑話休題。
ニーチェのお話。

なんで「神は死んだ」って言葉に吹き出すかと言いますと。
とうとう言ってしまったか……と言う気持ちにさせられるからです。

多分、ニーチェが言わなかったら。
後世で誰かが、似たようなことをパイオニアとして言ったんじゃないでしょうか。

そんなことを思います。
それくらい、確かに規範が整っていないのが――神の教えってモノだと思うんです。

だからこその、神学者じゃないでしょうか。
とは思うんですけども――何故か彼らって、保守的すぎますよね。

何とかならないかなぁとは、よく思います。
まぁ、僕が言うのもおかしいか、うむ。

と言うわけでして。
色々とお話が飛びながら、ここまで話を持って来ましたが。

そうですねぇ……金縛り、かぁ。
ちょいと、僕の周辺には気を付けようと思いますー

じゃ、今回はこの辺で〜
また次回♪
posted by バロック at 14:20 | Comment(0) | 黒事実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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