ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年09月27日

学術よりの戯言

本日は久々に『学術』のカテゴリを更新かなぁと思ったんですけども。
頭の中でプロットを組み立てていたら、そんな大した話じゃない気がしまして。

いつも通り、ブログ記事を書いていこうかと。
そうですねぇ、思うんですけども。

皆さんは、どんなことでストレス発散をしていますか〜?
――実はコレ、僕の学生時代の課題だったわけなんですけども←

自分だからこそ言える性質なんですけども。
僕って、原子力みたいな人間なんですよ。

一旦稼働すれば、メルトダウンするまで動き続けますし。
冷却するのにすごく時間がかかりますし。

で、一旦冷めてしまうと。
稼働するまで時間がかかりますし。

剰え、爆発することもありますし。
自分でもマズイなぁ……って思っているときに限って何故か、色んな人が刺激してくるんですよねん。

と言うわけでして。
元から『窮鼠猫を噛む』ような僕だったので。

人生に於いて、ずっとストレスコーピングの仕方を考えてきたわけなんですけども。
結局のところ、自分で制御するしかない気がしまして。

とは言いますけども、まぁ。
いい具合に発散できるモノがあればそれは僥倖、とは思っているので。

学生時代は、勉学に打ち込んだり検定を片っ端から受けてみたり。
センター試験の研究をしてみたり、執筆したりとしてきましたが。

なかなか、発散の仕方は見えなかったですね。
今でもそれは、そうだったり。

あとは――そうですね。
そんな僕ですから、たぶん志を高く持てば持つほど、半ばでの挫折や死は未練だらけだろうなぁと。

と言いますか。
未練を残さずあの世に逝く人間って、いるんでしょうか。

よっぽど孤独な人間じゃないと、できない気がしますね。
ちょいと、考え物です――すっきり死ぬなんてのは、ただ単に生きるよりも難しい気がします。

そうですね、せっかくですから。
死生観のお話を、軽く。

皆さんは生きることをどう捉えますか?
それと、死ぬことをどう考えますか?

前者と後者を考えたときに、嫌なことと答えられるのであれば。
まぁ、正常でしょうか。

ただ、両者を考えたときに。
似たようなモノだと考えたかたがもしもいらっしゃるとすれば――少々、考えさせられます。

その思想は、仏の思想ですから。
凡夫と称される人間が持っているべき思想では、ないんですよね。

凡夫がそんなモノを思っているとすれば。
それはもう、殺人一歩手前でしょうから。

あまり、よろしいとは思えないです。
生き死にが等価値だなんて、あんまり思わないほうがいいです。

そりゃあ、自分でそう導いたとするならば、別にいいんですけども。
もしもその考えが誰かの借り物だとするなら――抜本的に、見直した方がよいです。

詰まるところ、生きることと死ぬことの最終決定権は自らの魂ですから。
それを借り物の思想で決定しちゃっていいんですか?――と言う、お話でした。

さてと。
話を戻しましょうか。

どうやってストレスを発散させようか、ですけども。
あれこれ思想に耽っていたら、世間様とのズレをかなり意識するようになったんですよねん。

そうすると、どうなるかと言いますと。
もっとストレスフルになるわけでして←

そこで一旦、学生身分を退いて社会人になったのですが。
まぁ――さらにズレを感じてきていると言うのが、本音です。

寧ろ、社会復帰どころか。
さらに道を踏み外した気がして、仕方なかったり。

僕はまぁ、色々と前途多難な人生を歩んできた自負があるんですけども。
そこで帰納的に得てきた処世術と、学生時代に啓発することで得られた演繹的な羅針盤で、何とか切り抜けてはきたのですが。

――あぁ、大学の恩人よ。
どうやら僕は、また狂いだしてきたようですよ。

――息苦しい。
僕は今、どこにいるんでしょうね。

なんて。
そんなことを思いますけども、何とかしますかこれくらい。

責任を取ることのできる人間は、僕だけです。
もう、後には退けないでしょうから。

とにかく、やるべきことをやって。
とにかく、行動して。

――皆さんには、これを言っておくべきでしたね。
この『ルーン使いの言の葉』にアクセス数とか訪問数が反映されると、心が洗われますよ(苦笑)。

あぁ、注目されてるって。
それがとても、嬉しいんです。

さてと。
本日もやるべきことを、やりますか。
posted by バロック at 15:23 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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