ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年09月02日

圧迫

実は心身ともに圧迫されていたりしますー
追い詰められていると言いますか、背水の陣と言いますか、四面楚歌と言いますか。

僕はここ半年、ずっとこの調子だったりします。
軋轢がぎっしりと起こって、胃が痛くなったり、心臓に負担がかかったり。

僕の生き方って、どうも。
自殺志願みたいで、なんかいけないですね。

んー……このままだと、破算しそうですね。
そりゃあマズイので、色々と取り組まなければならないのですが。

あぁ、ここでの破算は。
経済的なモノもそうですし、精神的なモノもそうなんですけども。

……本当に。
もしも塾講師ないし家庭教師のお仕事がなかったら。

あと、最近発行したカードの上限が、あんなに高くなければ。
本当に、マズイ結果になっていましたねぇ……それがせめてもの救いでしょうか。

つまり、詰んではいますけども。
掴む藁くらいは、ありますので。

今は暫し、耐えますか。
まだ、できることがある筈ですから。

とは言いますものの。
実は僕、こんな支払い地獄を楽しんでいる部分があってですね。

マゾだからそうとか、変わった性癖があるからそうってわけではなくてですね。
ただ単純に、支払った結果得られるモノを考えると――ゾクゾクしてきまして。

一時期、僕は誰からも見向きをされなければ誰からも何もされなかった時期があったんです。
あのときは本当に、つらかったですね。

人生で一番つらかったのは。
恐らく、あの時期でしたね。

退屈で、頭の中で虫が湧いたようにハウリングして。
眠りにも就けず、いつも考えていたことは。

どうやって死のうか。
そのことだけでした。

……ですが、捨てる神あれば拾う神ありってわけで。
今現在では、かなり立ち直ったのですが。

僕は自分のことをそんなに、強い人間だとは思っていないんですけども。
運のいい人間だなぁとは、いつも思っていまして。

あと、僕自身は。
なんだかんだで、行動を起こしていますから。

だって、行動しないと幸運が逃げるんですもん。
何かしていないと――って、思うわけで。

まぁだからこそ。
日々、圧迫されているわけですけども←

んー……あと、ですね。
僕は自分自身を救うことよりも、誰かを救うことのほうが性に合ってます。

僕が何かやって自分自身を救うってなると、変な違和感を感じるんです。
何でかは、分からないんですけども。

ですが、誰かを――救う、とは大仰ですが――支えることは、某かのカタルシスを感じるんですよね。
誰かを案じているときは大抵、自分自身が追い詰められているとき――とは、どこかで見聞きしていて、腑に落ちた経験がありますけども。

確かに。
ですが、本当に――誰かを案じているときって、何故か気持ちいいんですよね。

僕だけじゃないんだ、とか。
それを哀しいとかつらいとか思える自分自身も、きちんといるんだ――とか。

自分自身がきちんと存在していると言うことを、分かると言う点では。
誰かを案じるのには、やっぱり色んな浄化作用がありそうです。

……もう、皆さんはお気付きかもしれませんが。
僕は実存主義哲学が、大好きです。

世界には、様々な思想や哲学がありますが。
いつまでも活きて残る哲学は、実存主義哲学くらいじゃないでしょうか。

確かに、哲学に生きる人間の末路は悲惨なモノが多いですけども。
ですがそれは、仕方ないですよね――という点では――僕は諦念を持っては、いるかもしれないです。

救われないことを前提にしながら。
それでも足掻いて生きるから、価値があるんじゃないでしょうか。

僕の勝手な、考え方かもですけども。
人生って、そんなモノじゃないでしょうか。

……なんて。
あまりにも心身ともに圧迫されていたので、変なことを言ってしまいました(苦笑)。

まぁ、そんなわけで。
今回のブログ記事は、この辺にしておきますね〜♪
posted by バロック at 13:04 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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