ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年08月07日

学術マニアの憂鬱

今回のブログ記事のカテゴリを、『日記』にするか『学術』にするか、ちょっと迷ったんですけども。
けっこう私情が入ってしまう予感がしたので、前者のカテゴリで更新しますね。

……さて。
皆さんはもう、ご存知のことかと思いますが。

僕は学術マニアだったりします。
んー、今の仕事が決まるまでは、完全にノウハウコレクターだったわけなんですけども←

本当に、物販に出会ってなければ。
そして学位を戴いてなければ。

今の境遇って、なかったわけですから。
そこは……んー、色んな関わりを持ったかたがたに、感謝しなきゃとは思っていてですね。

そのことについても、色々とお話したいことはあるのですが。
今はそれは、置いておいて。

そんな、元ノウハウコレクターの学術マニアが、何に対して憂鬱になったかと言いますと。
それでもって、何に対して憤りを感じたかと言いますと。

僕が講師として、個別ブースで授業の準備をしていたときなんですが。
そのときに、近くの個別ブースの授業内容が大抵、丸々聞こえるんですね。

で、これは僕の悪い癖なんですけども。
集中して聞き取ろうとすると頭に入ってこないんですが、別のことに集中しているときに聞こえてくるモノは敏感に感じ取ってしまう……なんてのがあって。

今回もその典型例が起こりまして。
気になる授業が、耳に伝わってきたんです。

そこではどうやら、世界史をやっているみたいでした。
14世紀〜15世紀ですから……ペストの世紀〜大航海時代をやっていたみたいなんですけども。

その、気になった授業をやっている講師曰く。
当時のヨーロッパには、香辛料の概念がなかったんだそう。

それで何か偶然にも香辛料が手に入って。
それを料理に使ったらスパイシーで美味しかったから、ヨーロッパの人達にウケたそう。

で、教会がボロ儲けする時代がやってきた――んだそうです。
皆さん……僕、この授業が聞こえてきたとき、どうしていたと思いますか?

頭を、抱えてましたよ。
もう、授業の準備どころじゃありませんでした。

まず、もしも料理に使ってヨーロッパの人達に広まったなら。
何で教会がボロ儲けするんでしょうか。

あと、前提がそもそも間違っていて。
香辛料の概念がなかったなんて、真っ赤な嘘もいいトコですし――香辛料が広まったのは料理のためでは、決してないんです。

キーワードは、1348年。
ボッカチオが、『デカメロン』を書いた年です。

……この本のタイトルを捩って、アダルトチックなモノが出回っていたりしますけども。
そんなモノでは、決してなくて(あ、でもちょいと性描写は語り部が喋ったりしますが)。

この本の内容は、大まかに言えば。
ペストが大流行していて、自分達もいつ死ぬか分からないんだから……せめて、自分達の人生に於いて最高だった話で盛り上がって、楽しく生きようよ――そんな、若者達の物語なんです。

因みに僕は、この本を読破しています。
詳しい話はネタバレになるので言えないんですけども――14世紀、どれだけヨーロッパが苦しまれてきたかを知る上では、貴重な文献だと僕は、思っています。

さてと。
そんな、『デカメロン』が執筆された14世紀。

僕の敬愛するM山先生は、14世紀をペストの世紀としてました。
僕もそれが正しいと、思っています。

そんなときに、ペストに効く薬として注目されたのが。
香辛料、だったんです。

決して、料理に振りかけるための、そんな1元的なモノではないんです。
その香辛料の効いた料理を食べなくても死ぬことはないでしょうが――ペストに罹ってしまってからその『香辛料』と言う“クスリ”を手に入れられるかどうかは、死活問題だったわけですから。

その管轄が、人の生き死にを引き受けている教会の仕事だった、と言うことで。
だからこそ、教会にお金が回ってきていたんですね。

……あと、ですね。
その講師曰く。

免罪符は、罪を帳消しにするためのお札、だそうです。
……罪を帳消し? それって、原罪を帳消しにするってことですか?

……なんて、懸命に授業の準備をしながらやっぱり、頭の中でそんな間違った講釈を垂れ流している講師の話が聞こえてきて、とても不甲斐なかったです。
僕だけが被害を被るなら、別に構わないですけども。

その間違った解釈を、その教え子が記述式で堂々と書いたら、どうなるでしょうか?
その問題は、確実に零点です。

学術マニアの僕としては、学術を蔑まれ、世界史を冒瀆された気分になって不快になったのは、隠しきれない事実であるのは間違いないことですけども。
何よりも、間違ったことを教わったその子が、不憫で仕方なかったです。

僕は、あのときどうするべきだったのでしょうか。
本当なら、すぐにでもその講師と僕を交代させて、講師には『最初から世界史をやり直せ』と怒鳴りたいくらいだったのですが。

それができずに、近くのブースで気になりながらも『我関セズ』を決めてしまった僕は、あまりにも。
あんまり、です。

……その講師については、事務をやっていたときに生徒のカルテも見ていて。
そのときに授業の担当者としてその人の名前を、結構遡っても見かけていたので……古株の先生だと言うことは、知っているのですが。

あんないい加減な授業をする人だとは、知りませんでした。
僕はあの講師を、決して許しません。

僕が愛する学術を冒瀆し。
教え子の成績を、確実に落とした……あの人だけは。

――じゃあ、僕の授業はどうなのか、ですけども。
少なくとも、間違ったことを吹聴するような授業はしませんし、常に自らも総復習したり問題を解き直したりしているので、マシな授業をしている“つもり”ですが。

僕も、まだまだ至らない部分が多いことも事実です。
頑張らないと――だって。

少なくとも、僕の教え子は。
僕の大量の宿題にもめげず、授業にも積極的に参加して、食らい付いてくる子ばかりです。

それくらい、教え子は頑張っています。
恐らく、彼らにとっては一生懸命でしょう。

なのにも拘わらず、です。
僕自身が気を抜いたり、彼ら未満の頑張りしかしないなんてことは、決してしてはならないことなんですよね。

最小値でも同等の。
最大値なら、無限大の努力をしないことには……お話に、ならないでしょう。

だからこそ僕は、もっと研鑽を積みます。
教え子を持つ前までは、ずっと自分のためにやってきましたが――今はちょっと彼らも巻き込んで、『身内のため』に頑張っています。

そんな、エゴイストの在り方も、アリなんじゃないだろうかって。
そんなことを思ったところで……

今回のブログ記事を、終えましょうか。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました♪
posted by バロック at 11:15 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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