ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年06月27日

僕が学術マニアになった理由、ですか?

……前回の『自己紹介』ってカテゴリのブログ記事で、若干意味のない伏線を張ってしまった気がしますが。
しかも、誰得にならないようなモノを書く――なんて、大言壮語まで吐いてやがりましたねぇ……あの頃の僕、殴りてー♪←

あー、まぁいいです。
ちょうど、書きたい頃でしたし――条件が厳しいですけども、過去の自分の発したことの処理くらいはいたしましょうか〜♪

さてと。
僕が学術マニアになった理由、ですけども。

んー、こんなことを言ってしまうと不遜に感じるかもしれないんですけども。
気付いたら、そうなってました♪←

……ですけども。
真似した方がいいモノとか、真似してはいけないモノとか、そんな判断は“意図的に”行ってきましたね。

僕って、自らの羅針盤が狂いまくっているときと、恐いくらいに正確なときがあるんです。
前者のときには、某かの病気になるのですぐに分かるんですけども――自分自身でソレに気付くには、心臓の鼓動とか四肢の動作、あとは五感に異変があるか否かをよく、吟味するしかなくてですねぇ〜

んー、まぁ。
自らの過ちって何故か、すぐに分かりますけどね(汗)。

あと、後者のときは――まぁ、こちらは。
俗に言う『ツイてる』ときなので、よく分かります。

いいことが起こったときに、「いいことだな」と思える。
悪いことが起こったときに、「あぁマズイな」と思える。

当たり前だろ――って、思われそうですけども。
案外これって、難しいですよー?

感情とか、思考とか。
行動が、何もかもが麻痺しているときって――日常茶飯事だと思いますが――こんな、当たり前のことができなくなっちゃうんです。

それは、ケに慣れすぎてしまって、ハレに対処できないのと極似してますね。
慣れることは――あまり、するモノじゃないとは――僕は、思いますよー

いいことでも悪いことでも。
ハレって、ケできちんと善い行いをしていれば、乗り越えられるモノばかりです。

だからこその進歩ですし、だからこそ反省が実を結び、誰かの後悔が教訓になるんじゃないかなぁって。
――まぁ、23歳の戯言ですよ←

さてと。
話を戻しますか。

学術マニアってそんなに楽しいかどうか、ですけども。
そうですねぇ、気質がこんな感じですので――楽しいかどうかって二元論だと、答えにくいですねぇ。

楽しいときもありますけども、知っているがゆえに苦しいこともあります。
誰かに共感できてしまうことの苦しみ、憎しみ――それは、学術マニアじゃなくてもありそうですけどね←

あと、大抵のことに対して知っていることにどっぷり浸かってしまうと。
知らないことが起こったとき、すごくテンパります←

それとですね、知らないことがあったときの驚きは……常軌を逸すると言っても過言ではないですし。
それが理解できないときの不条理感は、何とも言えないくらいに苦痛です。

ですから、僕は。
色んなかたに教養の在り方や勧めをしておきながら、『僕みたいにはなってほしくないなぁ……』とも、思っていたりします(苦笑)。

たまに、親戚から。
僕みたいになるにはどうすればいいのかって、質問されるんですけども。

そんなとき、僕が答えるのは決まって、コレです。
「僕みたいになったら病気になりますよ? その人はその人になれればそれでいいんです」……と。

まぁ、心情としては。
親が子どもに対して、『自分と同じ職には就かないでほしいなぁ』って思うのと同じような感じ、ですね。

誰よりもその苦しみを、体感してしまっている。
誰よりもその蜜の味を、知ってしまっている故。

その世界には、来てほしくない。
うむ、人間として当然の感情ですよね、これは。

まぁ逆に。
少しは自分を見倣ってほしいなぁ――なんて、本音では思ってしまうこともありますけどね←

……え、そこは僕、否定しませんよ?
それを否定してしまったら、この『ルーン使いの言の葉』の存在意義がなくなってしまうじゃないですか(苦笑)←

ですから、そこはきちんと自覚するってことで。
やっぱり、自覚って大事ですよー

で、学術マニアになった理由ですけども。
そんな気質ゆえのモノと説明しても、納得できないこと必至ですから。

きちんと、合理的に考えますか。
できれば、合理化ではなくて――合理的解決をする方向で。

そうですねぇ。
僕って、誰かが知っているのに自分が知らないってことを、何よりも屈辱的に思うんです。

誰よりも知ってなければいけない。
劣っている自分自身を、許せない。

そんな、自分自身へのルサンチマンや劣等感コンプレックスで、今までの人生を歩んできたようなモノです。
よく、身体の傷を男の勲章だと、言うことがあるじゃないですか――僕の場合は、ちょっと違うんです。

心の傷――スティグマ、でしょうか――それを勲章だと、思うタイプなんです。
……自分自身で考えても、変わっているなぁって思うんですけども。

傷を付ける過程も悪くないですし。
癒えていくときの充足感と言えば――本当に、かけがえのないモノなんです。

だって。
その傷の存在や、その傷の癒えていく過程や、その傷跡が分かるのは、自分だけなんですもん――誰かが見て、分かるモノじゃない。

ですから、僕は。
色んな経験をすることを、奨励しますね。

それで致命的なことが起こったら、いつでも救えるように構えて。
――本当は、それって親がすることなんですけども――最近、そんな親の義務を放棄する人が多いですね。

放任することを、自由だと勘違いします。
違いますよ、ネグレクトや放し飼いと同義な自由は――本当に、唾棄すべき事象ですよ。

これは、親じゃなくても――大人(タイジン)であれば――当然ですけども。
身内の責任は何としてでも取るのが、責務だと思います。

それを考えると、連帯責任とか連座制って、上手くできていますけども。
まぁ――レッテルを貼られる側は本当に、堪ったモノじゃない上に生きることが至難になってしまうので――やっぱり、その責任問題を予防することだって大事だなぁとは、思いますね。

……あ、タグを付けすぎましたね。
何か、今回のブログ記事はイヤにペンのノリがいいですねぇ……変なことを口走ってなければ、いいんですけども。

まぁ、僕が学術マニアになった理由ですか。
劣等感と、強迫観念ゆえ――ですよ。

そんなモノです。
好きなことだって、それをやらなければならないことだから合理的解決を目指して――合理化してしまうような、哀しいやり方をしてねじ込んだ人だって、大勢いますし。

僕の場合は、気質が気質だったので。
これはこれで、楽しいですけども♪

あー、まぁそんな感じです。
こうやって考えてしまうと、エゴイストの性質も困りものだなぁって思いますね。

……。
…………皆さんは、僕みたいにならないでくださいね?
posted by バロック at 18:55 | Comment(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: