ルーン使いの言の葉

ごゆるりと、ゆるゆるなさいませ。

2014年06月26日

七夕に願うこと、ですかぁ……

……あ、皆さんこんばんは♪
今週のseesaaからのお題が『七夕に願うこと』ってことみたいでして――物思いに耽ってしまいました←

いやぁ、願い事は尽きないんですよー
ですが――こんなハレな時期に――有象無象の願いを乞うのも、かなり品がないですから。

色々と、考えるわけですけども。
んー……そうですねぇ。

冷静に考えてみれば、今年の七夕は今回しかないですけども。
幸い、近いうちに往生する予定もないですので……まぁ、次回は次回で願えるわけなんですけどね←身も蓋もない

――って思ってしまうと、大抵の運は逃げていっちゃうわけなんですけども(苦笑)。
もちろん、そんな勿体ないことは僕、しないですので。

こうやって、じっくりと悩んでいるんですが――まぁ、ブログ記事を書きながら考えますかねぇ〜
んー……

眉唾なモノで言えば。
互いに価値観を尊重し合える世界になってほしい――そんなことを、やっぱり思います。

もっと俗物のように言ってしまえば、『世界平和』ですけども。
実際、そうなってくれないと困ると言いますか。

基本的に僕は、エゴイストですし。
そもそも願いなんてのはエゴの権化と言っても過言じゃないくらいですから――世界平和ってのも――僕が考える形になってほしいってのが、先行してしまうんですよね。

んー……人はなんで、殺し合うのか。
簡単に言ってしまえば……相手を認められなかったり、自身に危害が及ぶと感じたり……もっと簡単に言ってしまえば――許せないからだと――思っています。

で、許せない大きな理由が、明確にある筈なんです。
卑近なモノで申し訳ないんですけども――僕の場合は、一言で片付けられます。

それは。
『自分』と『それ以外』を区別できないこと――それに尽きますね。

自分のことでさえ、完全に理解しがたいんです。
なのに何で、『それ以外』のことになると、完全に分かった気になったり、まるで分からないような振る舞いをするんでしょうか?

……本当なら、傍点を撲ちたいくらいなんですけども。
まぁ、やめておきますかぁ〜……くどくなっちゃいますから。

さてと。
……皆さん、『自分』と『それ以外』を区別することが、互いを尊重し合えることになぜなり得るのか――分かりそうですか?

僕は宗教家ではないですし、思想だってまだまだ至らぬ青二才ですけども。
至らぬからこそ――そこに至る努力は、してもいいだろうな――と思って、主張したいんですけども。

『尊重』とか『中立』って、聞こえはいいですよね。
ですが……それは……自分、相手、第三者、それ以外、と――区別して初めて、成立しますよね?

そこをごっちゃにして、尊重――はたまた、中立なんて――どうやるのか、と。
それは思考が柔軟なんじゃなくて、捻れているだけだと思います。

そのための、正しい言葉、正しい姿勢、正しい認知……などなど。
それさえできれば、相手が“相手なりの正義”でいても、『成程、それは自分達には真似できないけども、そんなのもあるんだねぇ、うん』って、思えるんだと思います。

――とは言えども。
“相手なりの正義”が、僕のような平々凡々なモノじゃないからこそ、未だに戦争も紛争も殺戮も殺人も重犯罪も軽犯罪も、起こるわけですけども。

喧嘩なんて、案外身近で最たるモノだと思いますね。
同胞とも言える人種同士でソレが起こっているうちは、世界平和――んー、叶わないでしょうし、敵いそうもないですな(苦笑)←

まぁ、だからこそ。
願い事としてはとても、綺麗なんですけども。

……世界平和、ですね。
それが叶ったら、今度は停滞しちゃうんでしょうねぇ〜……それも、イヤですけども。

争いごとって、色々とありますけども。
その明確な一線って、やっぱり存在している――と、思えるのは――僕だけでは、ないんじゃないでしょうか。

その一線を、日頃から意識するだけでも。
普段の行いが、変わると僕は――思いますし。

実際、僕はそうやって変わったことがありますし。
んー……某鉄血宰相は『賢人は歴史から学び、愚人は経験から学ぶ』とか言ってましたけども――裏を返せばそれは、『どんな阿呆でも経験からは学べる』って言っているのと同義じゃないでしょうか?

イギリスの経験主義を批判したのか、僕が今思っていることを考えての発言なのかを確かめるには、僕は遅くに生まれてしまいましたし、身分も卑しいですけども。
彼は――経験から学ぶことを否定しては――いないんでしょうね、きっと。

そう、思いますね。
歴史を繙いても分からないから、実際に経験してみる――それくらいの自由は、欲しいモノですね。

ですから、他の七夕に願うことには。
研鑽の自由をください――ってことも、ありますね。

……ここで皆さんは、お気付きかもしれませんね。
世界平和と、僕の『研鑽の自由を云々』ってのは、あんまり相性がよくないことに。

実際、自由でありながら相手を尊重するって、メッチャクチャ難しいですよ(苦笑)。
自由を求めるゆえに悪が生まれるのは必然だ、と言ってもいいくらいですから。

それにもしも、『平等』って概念でも盛り込もうモノなら――完全に、決裂します←
資本社会と共産社会が融合するようなモノです(汗)……んー……

それも、「あぁそんな考え方もあるのか。自分は真似できないけども、認めよう。イイネ」みたいに思えるなら――話は別でしょうけども。
んー……それを実現するにしては、ちょいと左翼と右翼のバランスが採れてないでしょうか。

互いに睨み合っているからこその、今の世界情勢……そう、考えると。
んー……ルソーじゃないですけども、『自然に帰れ』って言えるくらいの大きなエネルギーを使うことでも起こらなければ、ダメかもしれないですね。

それは、世界大戦とか核戦争とかじゃなくても、勿論いいと思うんです。
思想だけのぶつかり合いとか、殴り合いなしの経済闘争とか、そんなことでいいと思うんですよ。

それに伴う虚しさって、あるかもしれませんけども。
そりゃあ、ありますけども。

だったら、武力でねじ伏せればいい――って言うテロリズムを肯定できるほど、人類は子供じゃないとは、思いますけどねぇ。
……まぁ、宇宙から見てしまえば……生まれて産声が上がっているかどうかは疑問ってレベルでしょうけども。

宇宙って大体、138億歳ですし。
人類誕生を考えれば――コズミックカレンダーに変換すれば、12月31日の19時30分過ぎってトコですよね――だからまぁ、産声が上がったかどうかってトコですね。

まぁ、そんな専門外のことは置いておきまして。
世界平和――うん、実現してほしいです――それは、ハッキリしています。

あとは、ですね。
僕、少しずつ社会に出ては……いるわけですけども。

そろそろ、契機が来る気がするんです。
それは多分、人生の分岐点だと思うんです。

それを、逃さないこと。
そして、歩み続けることを。

んー……誰かが見守ってくれてたらなぁって。
一番個人的な願い事なら、そんなトコでしょうか。

まぁ、色々とありますから、書ききれなかったですけども。
夜のブログ更新としては、結構書けたんじゃないかなぁって、思っていますよー

……うん、ところで皆さんは。
七夕に何を、願いますか?

今週のブログテーマ】今回のテーマ:【「七夕に願うこと」】
posted by バロック at 23:04 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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